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3-1.原生の森
 宇宙の彼方に自分の未来がある。
 一体誰がそんな馬鹿げたことを言い出したのだろう。
 母星コーラルの民衆は皆、その言葉を信じ、壮大な移民計画に熱狂していた。
 家族も、近所の顔見知りも、そして自分自身さえも。

 雨降る森の中、フィオスは後ろを気にしながら、息を切らして走っていた。
 彼は何かに追われていた。何か、得体の知れないものに追い掛けられていた。
 何故こうなってしまったのか──少年は自分の浅はかさを悔いていた。


     ◆     ◆     ◆


 パイオニア2は、ラグオル地表のある一点の座標を割り出した。
 それは、宇宙空間にあるパイオニア2とラグオル地表を転送装置で繋ぐ作業。その座標の割り出しは、パイオニア1が残した地図から転送先の候補を幾つか挙げ、その時の地表の状況や気象条件に合わせて、最も危険度の低いポイントが選ばれる。
 そして、軍が転送装置の出入りを厳重に管理する中、総督府が派遣した調査隊や軍の小隊、ハンターズ達はラグオルへと降り立つのだ。

 フィオスも軍からチェックを受け、地表に降りる許可を得た。
「ひとりか?」
 転送装置の前に陣取る軍人が小さなハンターに尋ねた。
 少年は頷く。今のラグオルはどんな状況にあるか全くわからず、危険な任務になることから彼は友人に頼ることを躊躇い、ひとりラグオルに降りる決意をした。
 フィオスは意を決すると、青く光る転送装置の中にゆっくりと入り、大きく息を吐きながら目を閉じた。
 体が大気に溶けて行くような感覚は、転送の時に味わう浮遊感。
 その時間はパイオニア2内を移動する転送装置より長く感じたが、少年に不安はなかった。
 そしてやがて訪れる体に戻る重力と、頬を撫でる外気の冷たさ。
 少年はゆっくり目を開けると、そこには言葉では言い表せないような景色が広がっていた。

「凄い……」
 少年は目に飛び込む鮮やかな緑に、思わず感嘆の吐息を漏らした。
 環境汚染が深刻な母星の大都市しか知らない少年にとってそれは、宇宙から星を見る程の規格外の感動があった。
 空が青い。
 透き通った水が森の中を流れている。
 そして空気は淀みなく、原生の森は無秩序に枝を伸ばして緑を謳歌している。
 絵でしか見たことがないような大自然がこの世に実在することをその身で体感し、少年の心は震えた。
 ここで皆と暮らす──ここはきっと人類の楽園になるに違いないと少年の胸は躍った。

 フィオスは転送装置から勢い良く飛び降りると、呆けた顔で周囲を散策し始めた。
 よく見ると森のあちこちに人口的な建造物やフェンスがあるのが見える。恐らく外敵から身を守る為に設置されたものだろう。
 フィオスがフェンスに近付くと、白い壁がゆっくりと動いて扉が開いた。ヒトが近付くと自動で開閉するらしい。その周囲に動力源のようなものが見当たらないことから、この扉はフォトンを利用して作られたものだとわかる。その証拠に、この扉は開閉の際に、フォトンに似た光源を発する。
 ラグオルで早速母星の技術を目にし、少年は高揚した。この星はコーラルの人々の手が加えられている。未開の星に人類の手が加えられていることに、少年は安心のようなものを感じていた。
 ここにヒトがいるという安心感──彼の姉とその仲間達の成した仕事に、フィオスは幼子のような眼差しで扉を開いたり閉じたりを繰り返した。
「これ、誰が作ったんだろう? 姉さんかな?」
 彼の姉の専門は機械工学であり、その仕事はテラフォーミングの為の機材の開発である。少年はそれを判っていたが、新しい星で初めて見るヒトの手が作り出したものに、ついつい姉の姿を重ねて見てしまう。

 しかしそんな感動も、数分も繰り返せば薄れてきた。
 フィオスは更なる感動を求めて、次の扉へと足を進めた。
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