> 3,ラグオル降下 > 3-2.初めての戦闘
3-2.初めての戦闘
 新たな扉の向こう側には、ある程度予想していた景色が広がっていた。
 木々が伐採された開けた空間に、見たこともない生物が1体佇んでいる。ヒトではない。恐らくこの星の原生生物だろう。ヒトの大きさをゆうに超える生物で、頬まで裂けた口から鋭い牙が並んで生えて見えるその様は、決して愛らしい動物とは言い難い。
 しかし、パイオニア1の報告では、この星の原生生物は温厚で、ヒトに襲い掛かる危険はないという。
 だが、フィオスは昨夜の父の言葉を思い出していた。
『ラグオルで化物にとっ掴まらないように──』
 父がどういう意図でそう言ったのかはわからない。が、その言葉を信じるならば、少年ハンターがすべきことは決まっている。

 フィオスはゆっくり息を吐くと、重心を落とし、戦闘の構えを取った。そして腕を軽く左右に広げると、それまで何もなかった掌に鮮やかな緑の光を纏った棒状の武器が現れた。これもフォトンの成せる技術である。
 フィオスは実体化した槍を強く握り締めると、身体を低く構え、謎の生物を睨み付けた。それは全身が毛で覆われ、太い両手の先には鋭く尖った爪。しかし何よりおっかないのはその顔。母星のどの生物とも共通点が見当たらない二本足で立つソレは、まさに宇宙の外で進化した生物の姿と言える。できるだけ誤解なく正確にその形容を表すならば、とにかくコイツは『気持ち悪い』部類に入る。

 しかし、勇ましく立ち構えるものの、正直な所フィオスはこの生物と対峙することに気が進まなかった。あんな気持ち悪いモノに立ち向かうこともさながら、本当に敵意があるかどうかわからないものに早々に刃を構えるこの状態が、何となく気恥ずかしく思えた。
 だが、襲われてからでは遅い。『アレ』がどんな速さで、どんな動きをして来るかわからない以上、万全の策は取っておくべきだ。フィオスはそう思い込もうとする自分に言い訳がましいものを感じつつ、迷いを払おうと頭を振った。

「……よし」
 呼吸をひとつ。少年ハンターの足がゆっくりと謎の生物に向かって歩み始めた。
 槍の柄を掴む掌が、これまで積み重ねた経験を脳裏に蘇らせる。戦闘の経験は少ないが、何度もVRによる訓練を繰り返している。そして、子供の頃から、手癖のように手に馴染ませてきた長物の、長所も短所もこの身体は覚えているはず。後は自分の力を信じるのみ──

 フィオスは気配を消しながら謎の生物の背後に近付くと、掛け声も上げずに斬り掛かった。
 右肩から袈裟斬りに緑の光が弧を描く。ハンターの槍先が鮮やかな軌跡を描くと同時、謎の生物の肩から背中にかけて肉が裂けるのが見えた。
 が、その傷は浅い。謎の生物は耳障りな奇声を上げながら、振り向き様に丸太のような腕を振り上げて来た。まともに食らえばひとたまりもないだろう。
 しかし、その動きは鈍い。小さなハンターはその動きをしっかり目で追いつつ、右に半歩ずれて難なくその爪を交わした。
 そして、すかさず生物の脇に槍を突き立てる……が、その手応えも薄い。
「硬いな……」
 初めて対峙する生物の皮膚の硬さに、ハンターの手に痺れが走る。ただ斬り付けるだけでは、この生物の肉を断つことは難しいようだ。

 フィオスは一旦距離を取り、この生物の動きを目で追った。
 この毛むくじゃらは明らかに少年ハンターのいる方へ真っ直ぐに、しかしゆっくりと近付いて来る。そして、ある程度近付くと、腕を上げてこちらに攻撃を仕掛けて来る。
 これがこいつの癖のようだ。至って単純な動きである。

 そうとわかれば、フィオスは敵の死角を狙って反時計回りに走った。そしてその隙を突くように、生物の左後方から脇腹目掛けて刃を突き立てた。が、やはり傷は浅い。
 そこへ、生物の右腕が振り向き様の遠心力を付けてハンターに斬り掛かって来た。正確には、それは斬るというより殴る動作だろうか。少年ハンターは謎の生物から裏拳を貰う形で、右肩に打撃を食らった。
「ぐぅ……!」
 思わず声が漏れる。が、装備したプロテクターが自動防御を発動させ、打撃の当たった辺りに盾の形をしたフォトンが現われた。そして空中に現れた緑の光は、幾重にも衝撃波を描きながらうっすらと消えて行った。
「あっぶ……」
 少年は防御システムに救われる形で、ひとまず難を逃れた。が、生物は後ろによろめいたハンターへ更に追撃の拳を上げて来る。しかし、少年ハンターの碧眼は敵の動きを良く捉えていた。彼は後ろによろめく勢いを利用して、後方へ一回転しながら爪を逃れた。
 そしてその時、少年にある考えが閃く。ただ斬り付けるだけで駄目なら、別の手段を試すまでだと。

 フィオスは槍を右手に持ち変えると、空いた左手を生物の方に向けて突き出した。それはまるで槍で攻撃することを諦め、拳で目の前に敵に立ち向かうようにも見える。
 が、彼の狙いは別にあった。
 その刹那、ハンターの左腕に装着された小型のコンピューターが赤く発光すると、その拳の先に炎のエフェクトが現われた。少年ハンターがニヤリと笑う。
「今から、おまえが見たことないものを見せてやるよ!」
 その言葉と共に、ハンターの拳から火の玉が弾け飛んだ。生物は真正面から火の玉を食らい、大きく後方へと仰け反った。
 見た限りでは、火の玉のダメージは余りないように見える。が、フィオスの狙いはそこではない。彼は放った炎の軌跡を追うように走り、自慢の槍を両手で構えた。
「ここだろ!」
 小さなハンターの身体が、生物に向けて高く飛んだ。そして今度こそハンターの槍は、仰け反った生物の胸に深々と突き刺さった。


 ──ハンターが今行使したのは、機械によって管理されたフォトン技術の代表格。古代文明時代に存在が確認され、いつしか潰えたと言われる『マジック』をフォトンと機械の複合技で蘇らせたと言われる、フォトン工学の最先端を行く技術。
 この戦闘術の優れている所は、アンドロイド以外の人種であり、該当するディスクを戦闘用の端末にセットしてあれば、誰でも行使できる点。フィオスもこれを使うことは余り得意でなかったが、ハンターズの研修時代の訓練で身に付けたものである。
 蛇足だが、この技術の行使の設定は個人の好みでカスタマイズが可能で、言語で発動させる者もいれば、思念で操作する者もいる。フィオスの場合、武器の出し入れも思念の操作に設定してあることから、後者の設定である。
 ただし、その発動に必要な共通の条件は『何かの先端』を媒体にせねばそれが発動しない点。フィオスが拳を前に突き出したのも、技術の行使の為の必須動作であった。
 そして彼は今まさに、原始的な生物に向けて、人類文明の集大成『テクニック』をぶつけてやったのだ──


 刃を深く突き立てられ、生物は悲痛な叫びを上げながら暴れた。決して聴き心地の良い声ではない。しかしフィオスはその声に怯むことなく、柄を掴む手に力を込め、躍動する肉を更に抉った。ヒトであればそこは急所である。
 地に倒れる生物に、少年は刃先に全体重をかけるように上から押さえ付けた。誰が見ても、少年が優勢の体勢だろう。

 しかし突如、フィオスは不安に襲われた。
 良く見ると少年の手が震えている。その額には汗が滲み、青い瞳が化物の目を真っ直ぐ睨んで離さない。手には生々しい筋肉の収縮が伝わり、その感触のおぞましさに、少年は思わず下唇を噛みしめた。

 絶命までの時間がわからない──
 何の前情報もなく、がむしゃらに対峙した謎の生物の、急所かどうかもわからぬ所に刃を突き立てた。もし、そこが急所でなかった場合、謎の生物に覆い被さる今の体勢は危険ではないだろうか──

 こんな恐怖は今まで経験したことがない。どんな戦闘も初めての時は緊張したものだが、今味わうソレはこれまでのものとは全く別種の、精神力を削ぎ取られるような焦燥感があった。
 少年は無知であることが恐ろしかった。この星のことも、この生物のことも、前例のない今の状況も何もかもがわからない。知識さえあれば対処できるはずなのに、経験があれば切り抜けられるはずなのに……それができない今の自分を、彼は歯がゆくてならなかった。

「くッ……そぉ!」
 フィオスが声を上げたのは、そのわだかまりを断ち切る為だろうか。それとも己を鼓舞する叫びだったのだろうか。
 ハンターは槍を一層深く突き立てると、すぐ様勢い良く刃を抜き、後ろに下がって距離を取った。そして、次に少年が見たものは、緑の草むらに生物の血が勢い良く流れ出す光景だった。
「赤い……」
 フィオスは呟いた。それは意味のない言葉だったが、その赤さに彼の中の正気が戻されつつあった。それは今必要のない感情だと彼は知っていたが、込み上げる吐き気と、してはならぬことをしたような罪悪感を抑えることができない。

 謎の生物は仰向けに倒れたまま、血溜まりの中でビクビクと痙攣していた。
 槍を持つ手が震える。
 臭い……おぞましい……早く帰りたい……
 折れそうな闘志を健気な強気で奮い立たせ、フィオスは槍を構えたまま生物の動向を見守った。奴が何かをして来たらすぐに対応できるよう、距離を取って無言で構え続けた。
 長い時間に感じた。


 やがてその場から、少年の呼吸以外の音が消えた。
 謎の生物は、血溜まりの中でピクリとも動かない。それまで生物の肩を上下していた動きも、いつの間にか停止している。そして、あの君の悪い獰猛そうな顔も、生気というものが消えていた。
 若いハンターは、謎の生物が絶命するまでを見届けた。

 フィオスは疲れたように頭を少し右に傾け、動かなくなったそれを無言で見下ろしていた。
 その胸中を過ぎるのは高揚か。それとも後悔か。
 それまで晴れた空のようだった少年の瞳には、生物の死を前にして暗い色を落としていた。
 少年の脳裏を過ぎるのは、パイオニア1の報告。もしその報告が真実であれば、彼は無害な生物を一方的な思い込みで殺害したことになる。謎の生物が襲い掛かってきたのも、斬られたからやり返された──そのようにも解釈できる。

 しかし彼が直面した現実は、上辺だけの倫理観で納得できるような命のやり取りではなかった。
 ああしなければ殺されていたのだ。やられるのはこちらだったのだ。
 フィオスは心の中で何度も繰り返した。
 少年は悪者になりたくなかった。若い決意の元に戦う戦士であれば、誰もが己の刃の正義を信じたいだろう。
 父の言葉に扇動された訳ではない。彼は自分で考え、判断し、この星の原生生物を殺した。その判断に迷いもなければ、間違いもない──ないはずなのだ。

 フィオスは深く溜息をつくと、森の奥へと続く白い扉を苦々しく睨んだ。
「進むしか……ないよな」
 もしまたあのような生物と遭遇したら、戦ってしまって良いものだろうか。
 草を踏む少年の足取りは重かった。
piyopiyoPHP