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3-5.錆色の沈黙
 森の中に突然奇妙なものが現れた。
 生物ではない。建造物である。それは木々の切れ間から頭を突き出して現われ、遠目からでも結構な存在感があるものだとわかった。
 4人が近付くと、それは錆色をした円柱のモニュメントだった。モニュメントはこれまで森の中で見た他の建造物とは雰囲気が異なり、まるでヒトが来るのを待っていたかのように、不思議な空気を纏いながら、雨に濡れて静かに佇んでいた。

「これもパイオニア1が作ったものか?」
 マークはモニュメントの周りを歩きつつ、珍しげにジロジロと眺めていた。
「だと思います。ラグオルには知的生命体の文明の痕跡はないって、パイオニア1の報告にありましたから」
 一番の年少者が答える。
 彼は自分の姉の派遣先として、幼い頃からラグオルの資料をよく見ていた。その中にはラグオルを発見した無人探査機による地表の写真が掲載された本もあったが、彼が記憶している限りでは、当時のラグオルにこのようなモニュメントはなかった。そして、パイオニア計画の各建築物の予想完成図にも、このモニュメントの映像はなかったと記憶している。予定外のものがここに建てられたということだろうか。
「これ、遠くから見てもそこにあるってわかるでしょう? セントラルドームが近くにあることから、何かの目印に建てられたものかもしれませんよ」
 フィオスは自分なりの見解を口にしてみた。無論、その根拠なんてものはなく、思い付きという名の憶測でしかないが。
「やっぱりそうなのかなー」
 マークがモニュメントの周りを覗き込みながら相槌を打った。同意のような反応が返ってきて、若いハンターは少しほっとしていた。
 が、フィオスは内心、自分の仮説に違和感を感じていた。何と言い表して良いかわからないが、このモニュメントは今まで見たものと何かが違う。それが醸し出す異質な雰囲気に、彼は自分の常識を当てはめて安心したくて、このように言ってみたのかもしれない。

「コレ、多分古いものだよね」
 その時、ニューマン男が独り言のように呟いた。フィオスは自分の仮説を否定されるようなことを言われて、少しムッとしてジョーを見た。
「何でそう思う?」
 その問いに、ジョーは笑顔を浮かべて答える。
「ん? だって、ほら」
 ジョーはそう言いながら、錆色のモニュメントの表面に触れた。

 その時である。
 モニュメントが突如低い音を立てたかと思うと、その場に留まったまま静かに振動し始めた。
「うおっ!?」
 その場にいた全員が驚いてモニュメントから一歩退き、異様な動きを示したそれを遠巻きに見た。
「い、今何をした!?」
「何もしてないっすよ! ただ触っただけで……」
 マークの問いにジョーが答える。ジョーは他の3人より更に一歩退いた距離からそれを見ていた。

 が、やがて振動する以外の変化がないとわかると、ジョーはようやく胸を撫で下ろした。
「ま……まぁとにかく、これ、表面が他の建造物より明らかに古いんすよ。ほら、長年雨風に晒されてたみたいな感じがするっしょ?」
 そう言われて、フィオスは振動し続けるモニュメントの表面に手を掛けてみた。手に伝わる振動は想像以上の力で振動しているが、ヒトに害を及ぼす程のものではないように思える。
 次にその錆色の表面を食い入るように見てみた。が、何の専門知識もない少年が見た所で、その材質などわかるはずもない。ただ、ジョーの言うように、長年雨ざらしにされて変色した碑石のようにも見える。
「長年って、どれぐらい?」
 フィオスの問いにジョーが答える。
「さー? でも多分スゴク前?」
「スゴク前って……大雑把すぎだろ」

「──恐らく」
 ジョーとフィオスの間に、それまで無言だったシーダが言葉を挟んで来た。
「8年。それより前」
「わかるのか?」
 モニュメントに触りつつ何かを調べている様子のアンドロイドの傍にジョーが駆け寄ってきた。そして、その背後に立ち、彼女の見ている部分を期待の目で覗き込んできた。
「何か分析できたの? 勿体ぶらずに教えてよ」
 シーダは後ろの男を見た。が、その対象に興味が持てなかったのか、特に何の反応を示すこともなく、首がゆっくりと元の位置まで回って戻った。
「分析能力はない。けれど。見てわかる」
 そう言うとシーダは、モニュメントの表面を観察するように、鋼色の眼で所々を見回し始めた。そしてその都度、彼女の眼はアナクロリズムな低い音を立てた。それは何世紀も昔のアンドロイドのような眼の動きに似ているとフィオスは思った。
「材質で分別可能。これだけ他と違う」
 彼女の言う他とは、この森で見かけたフェンス等といった建造物を指すのだろう。
 しかし、それを聞いて、ジョーが腰に手を当ててつまらなそうに言った。
「それ、さっき俺が言ったことと同じでしょ! どのぐらい昔のモノかって聞いてんの」
「着眼点が違う。材質の違いを指摘した」
 そして、更にこう続けた。
「年代は不明。考古学者が必要」

 その途端、ジョーは肩を落とし、半笑いでシーダに答えた。
「考古学者? そんな都合のいい奴がここにいるかっての。 ったく、思わせぶりなこと言いやがって……」
 そうブツブツ言いながら、ジョーはモニュメントの傍から離れた。
 そんなふたりのやり取りを見ていたマークが笑いながら話し掛けてきた。
「考古学者っていったら、リコを思い出すな」
 マークの言う通り、レッドリング=リコは考古学者であり、また科学者としても高名な人物である。そんな才能の塊のようなリコに憧れを抱く者は、ハンターズにも多い。かくいうジョーもその1人だ。
「リコがここにいたら、それこそ都合の良すぎる話っすよ。彼女ならここにある謎全部、パッパッと解くに決まってる」
 ジョーはありもしない夢物語を、あざけ笑うように語った。
 リコ程の英雄が、名もない自分達と同行すること自体ありえない奇跡だとジョーは思っていた。彼にとってリコは高嶺の花であり、心酔すべき対象であり、自分などがその隣にたやすく立ってはならない女神なのだ。もし、リコが自分達の前に現れて「ジョー君」等と優しく話し掛けでもすれば、彼はたちまち腰砕けになって、夢の中で小一時間彼女と将来について語り合える自信がある。それぐらい、彼はファンとして駄目な類の人種であった。

「本当に……ここにリコがいたなら……」
 突如ジョーは表情を曇らせ、誰にも聞こえぬよう呟いた。
 もしリコが今のラグオルの現状を見たなら、例えたった独りでも、すぐその調査に向かうに違いない。そして、後続の者達へ何かしらのメッセージを残すだろう。ただ強いだけではなく、知性に溢れ、他人への配慮を欠かさない、彼女はそんな英雄だ。
 だが、この森にリコの動いた形跡はどこにもなかった。このモニュメントの周りも、土と木があるだけで何もない。そのことから、彼女はこの森を訪れていないとジョーは思った。
 そもそも、もしあの爆発にリコが巻き込まれていたなら……このラグオルに英雄は既にないということになる。それは全ての人類にとって憂うべき状況と言えよう。


 一方、フィオスはそんな3人のやり取りを離れた場所から眺めていた。しかし、その会話から自分が欲しかった言葉を得ることができず、肩を落としていた。
 フィオスにとってリコの話などはどうでも良かった。ただ、自分の心の中にある引っ掛かりを取り除くヒントが欲しかったのだ。
 フィオスはふてくされ顔でこちらに歩いてくるジョーを見た。このニューマンなら、自分が求める答えをくれるだろうか? そう、ニューマンなら……ヒューマンより知性が高いと言われる種族の彼ならば、自分が思いもしなかったことに何か気付いているかもしれない。
 フィオスはジョーの前に立ちはだかり、疑問をぶつけてみることにした。
「8年以上前って、おかしいだろ?」
「おん?」
「この森は8年前、パイオニア1の手によって開発が始まった。なのに、それ以前からアレがここにあるなんて、ありえない」
「じゃ、どっちかが嘘なんだろうね」
 ジョーはまるで世間話でもするように答えた。しかし、何かを含んでいるような紫色の瞳は、試すような目つきで少年をニヤニヤと見てきた。
「モニュメントが昔からここにあったっていう俺らの思い付きのような予測と、パイオニア1の報告、おまえはどっちを信じる?」

 フィオスは黙り込んだ。
 パイオニア1の報告──それは既に1度裏切られている。
 しかし、だからといって、この男の言うことを鵜呑みにしていいものか、それも迷う。

 そこへジョーが畳み掛けるように、声をひそめて続けた。
「それより、俺が気になるのはさ」
 ジョーが一歩前に出る。そして、フィオスの耳元にニューマン男の口が近付いた。
「何でここ、何もないんだろうね?」

 フィオスは一瞬、ジョーの言っている意味がわからなかった。こんな木々深い森の中である。何もある訳がない。
 が、すぐにその考え方自体がおかしいことに気付いた。
 この森に、何もない訳がない。
 ましてや、あの大爆発の後であれば──

 フィオスは急に気になって周囲を見回した。
 彼等が立つ一帯は、セントラルドームの見え方からその付近だとわかる。しかしこの周囲はおろか、この森のどこにも、木々が倒れたり、炎に包まれたような形跡が全くない。
 それこそありえない状況だった。宇宙から視認できる程の大爆発に、セントラルドームとその周辺は包まれたはずだ。にも関わらず、その被害と思われる痕跡がまるで見当たらなかった。

 それを理解した時、フィオスは言葉を発することができなかった。まるで、頭が本能的に考えることを停止したように、返す言葉が全く思い浮かばない。
 ジョーは少年の表情が変わるのを確認すると、呟くように低く囁いた。
「俺、怖いんだよね……今の無事な姿の森を見た時から、もうずっと俺の頭上に訳のわからないものが覆い被さってるようで……早く帰りたいよ」
 フィオスもジョーが今言った言葉と全く同じ感情を、ついさっきからやっと持ち始めた。
 この少年はラグオルの大地に降りた時、森の緑の鮮やかさに心が震える程の感動を覚えた。
 しかし、彼の碧眼は今、森の緑を恐怖の対象として捉えている。
 言われるまで気付かなかった、余りにも当たり前のように眼前に広がる現実は、人智の理解をとうの昔に超えていたのだ。そんな彼等に、目の前に聳え立つモニュメントがいつから建っていたものなのかなど、既に些細な問題でしかない。


 言葉を失う少年を横目に、ジョーが尋ねてきた。
「今のラグオル、どう思う?」
「どうって……」
 フィオスは言葉を詰まらせた。突然突きつけられた現実に、まだ心が追い付いてないのだろう。
「おまえには、難しい話だったかな……」
 ジョーが苦笑いを浮かべつつその場にしゃがみ、足元の土をその辺で拾った棒切れで穿り返した。
 それは特に意味のない行動だったが、森に入ってから自分が感じていた言いようのない不安を年下の少年に語ってしまったことに、少し後悔のようなものを感じていた。感情の共有という期待もあった。が、年端の行かない子供に語って聞かせるには、今のラグオルは受け止め難い現実が連続して起きている。
 しかも、これでもジョーはまだ全てを吐き出した訳ではなかった。この先の話を、今の少年は聞ける程の心の余裕を持っているだろうか。

 土をいじりながら、ジョーが更に聞いてきた。
「俺達はこの先、ラグオルで何をしたらいいんだろうね」
 フィオスは少し黙って、それから答えた。
「……わからない」
「……だよな」
 ジョーは再び地面に視線を落とした。
 彼はたかだか15のヒューマンだ。そんな彼が自分の陰鬱な思考と感情を、何かお気楽な言葉で解決してくれるはずがないと、このニューマンはとうにわかっていた。
 もし今ここにリコがいたら──彼女は最も適切な言葉で状況を説明し、自分の疑問や不安を、凛々しい笑顔で吹き飛ばしてくれるだろうか? 不安が大きい程に、ありもしない妄想がジョーの中で膨らむ。
 だからこそ、ジョーはラグオルに降りてからずっと、誰かと話をしてみたかった。その不安を打ち消す為に、現状の打開に繋がるきっかけを掴む為に。

 だが、フィオスの言葉には続きがあった。
「──だから、自分の足で歩いて、今のラグオルを見て回るしかない」

 ジョーは土いじりをやめて、フィオスを見上げた。
 少年の目には、何か強い意志のようなものを感じる。彼が何故そんな目をするのか、今のジョーにはわからない。
 しかし、少年の言葉には力があった。
 彼の言葉は、ジョーの中で複雑に絡まって解けない苛立ちや迷いを、『やっぱソレしかないよな!』という単純な一本線で解決してしまったのだ。


「決めた!」
 ジョーは突然大きな声を上げて立ち上がった。
「俺、おまえと行くわ!」
 が、それに対するフィオスの反応は薄い。
「……だから今、こうして同行してるんだろ?」
 ジョーが首を左右に振る。
「そうしゃない! そうじゃなくてさ!」

「後ろ。静かに」
 そこへ無機質な声が飛んできた。
 気が付くと、シーダとマークはモニュメントを囲みながら、不思議そうな顔でこちらを見ていた。どうやらこのふたりは、モニュメントについてまだ互いの見解を出し合っていたらしい。
「何の話?」
 マークが興味深そうに後ろのふたりに尋ねてきた。
「あ、俺達。友達になったんすよ!」
 そう答えたのはジョーだった。
「えっ!?」
 その驚き声に、マークが不思議そうにフィオスを見た。
「違うの?」
「あー……いや、まー……」
 説明が面倒臭い。フィオスはその場の流れで、とりあえずはいそうですと答えた。
 するとマークは糸目をさらに細め、満面の笑顔で更に面倒臭いことを言い出した。
「オレも友達になりたい! ふたりの連絡先、聞いてもいい?」
「勿論いいっすよ!」
 ジョーが快諾する。フィオスも流れに任せ、渋々自分の端末を取り出し、3人は互いの連絡先を交換し合った。
「終わった?」
 3人の後ろでシーダが聞いてくる。
「シーダはこいつらと連絡先交換しないの?」
 シーダはマークの問いに、何の感情もない声で答えた。
「必要を感じない」
 辺りの空気がいっぺんに冷める。マークは気まずそうに苦笑いした。
 恐らく彼女は、この腕の立つハンターとは既に連絡先を交換し合っているに違いない。
 フィオスはハンターとして、益々彼女のあからさまな態度を苦々しく思った。いつかあいつに認められて連絡先を交換させてやる! そう思いながら、フィオスは鋼色の憎々しい塊を睨み付けた。
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