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3-6.鬱蒼と茂る疑念の中で
 道中幾つかの戦闘をこなしつつ、4人はようやくセントラルドームの入口まで辿りついた。
 いや、辿り着いたはずだった。
 しかし、ドームの扉は固く閉ざされ、中に呼び掛けても返答の声はどこからも上がらない。
「どうなっているんだ?」
 いつも笑顔のマークが眉間に皺を寄せつつ、何のアクションも起こしてこないセントラルドームの扉を苦々しく睨んだ。
「……誰もいない」
 高周波混じりのアンドロイドの声も上がる。相変わらず何の抑揚もない声が、今の周囲の雰囲気と相まって不気味にさえ思える。
「そうだね、誰もいないね」
 ジョーはそう言いながら、今来た道を振り返り眺めていた。
「何か見えるのか?」
 ジョーの見ている先が気になり、フィオスがニューマン男の隣に並んだ。
「うんにゃ。何も」
 そしてジョーは、またあの潜めるような声でこう続けた。
「見張りすらいないなんてな」
 フィオスも神妙な面持ちで言葉を返す。
「それは、俺も気になっていた」
 森の中を獰猛な生物が徘徊している以上、ドームの周辺に警備兵なり見張りなり立てておくのが警備上の定石だろう。しかし、そんな痕跡すらここにはない。ドーム周辺のただならぬ空気を感じつつ、フィオスは不安の表情で辺りを見回していた。

 その時、ジョーは『あの考え』をフィオスに話してみようと思った。それは彼がまだ誰にも吐き出していない問題点。
 それを聞いて、この少年はどういう反応を示すかわからないが、きっと先程のような力強い言葉で、心のモヤモヤを晴らしてくれるかもしれないと期待した。

 ジョーは1歩フィオスに近付き、他の2人には聞こえないように話し掛けてきた。
「おまえ、この森に入って、パイオニア1の人を見たか?」
 フィオスが1歩退き、驚いた顔でジョーを見た。
「……いや、誰も」
 しかし、そう答えるフィオスの顔からは、動揺の色が伺える。そして、その表情からジョーの言葉の真意を察したのだとわかった。
 確かにジョーの言葉は、フィオスの中にくすぶっていた引っ掛かりを、また1つ解いた。だが、その内容はフィオスにとって歓迎できるものではない。嫌な予感が頭を過ぎる。

 一方、ジョーは少年の感情を探るような目で、瞬きを繰り返すのを見ていた。
 少年の動揺は想定の範囲内。むしろ、思った以上の勘の良さに、話が早くて楽だとこのニューマンは思っていた。
 もうここまで話したら、後は最後まで突き進むだけ。ジョーは口にするのが怖かった胸の内を、他人に話すことで楽になろうとしていた。

「ここ、居住区だよな? なのに、いくらエネミーが徘徊してるとは言え、ドームの周囲にすらパイオニア1の人はいない。どうしてだと思う?」
「それは……」
 フィオスが眉根を寄せる。
 その先は……聞きたくない──
 しかし、ジョーは持論を説くことを止めなかった。
「俺は思うんだよ。実は、最初からここにはヒトなんてものは……」
「やめろ!」
 フィオスが声を荒らげた。
 そして目を伏せ、ニューマン男から視線を逸らした。

 そんなフィオスの尋常ならざる様子に、ジョーの心に静かな後悔が走った。
 ジョーはあくまでも可能性を示唆したに過ぎない。が、この少年にとって、ジョーが講じた戯言は他人事ではなかったのだ。話した内容から、ジョーにはフィオスが動揺を見せた理由に薄々感付き始めていた。

 しぱらくの沈黙がふたりの間に流れた。
 そして、フィオスが低く呟く。
「……姉さんは……パイオニア1のクルーなんだ……」
 予想通りの答えだった。
「……うん」
 ジョーが返した言葉は一言。
 それ以上は何も言えなかった。


     ◆     ◆     ◆


 ジョーは視線を落とし、小雨に濡れる石畳をぼんやりと眺めた。
 自分の感情を吐き出したい為に、軽率な行動に出た後悔もある。が、それ以上にジョーが憂いているのは、少年の先に待つ運命が小さな体で背負うには余りに重過ぎるからだった。

 ジョーは隣で項垂れる少年を見た。雨に濡れた髪をかきあげもせずに、血の気が引いた顔で地面をただ見つめている。そして、時折頬のかみ合わせ辺りが動く様子から、フィオスは込み上げる感情を押し殺そうと歯を食いしばっているのだとわかった。
 恐らく、少年はセントラルドームの中にいる姉を救出する為、死に掛けながらもやっとの思いでここに辿り着いたに違いない。
 しかし扉は固く閉ざされ、今自分達にこの状況を打開する策はない。扉を壊して中に入ろうにも、恐らく厳重なセキュリティが張られ、物理攻撃やテクニック程度でここが開くはずはない。となると、ここはやはり調査隊に任せて扉の開放を待つのが最善に思える。

 だが、そう思うと同時、ジョーの中には別の疑問があった。
 総督府が派遣した調査隊は、自分達より先を進んでいるはずだ。その道中は当然、自分達が見舞われたような危険があっただろうが、軍の精鋭や総督府が派遣したハンターズの護衛がある。つまり、調査隊はとうの昔にセントラルドームに辿り着いているはずなのだ。
 しかし現実、ドームの扉は固く閉ざされたままだった。後に続く救助隊やハンターズ、私設軍等が行き来しやすいよう扉には真っ先に手をつけ、人命救助を行うことが、今最も優先されるべき事柄だと思われる。
 ましてや、調査隊にはパイオニア2のラボの研究者達が多く配属されたと聞く。フォトン工学や機械工学に特化した彼等が、パイオニア1の造った扉如き、開けないはずはない。
 なのに、ここは人の気配というものがまるでない。

 だが、これはあくまでもジョーの個人的な見解であって、実際は何かの対処が既に行われた可能性はある。ドーム内やその周辺にヒトの気配がないのも、総督府が派遣した救助隊によって、既にパイオニア1の人々が別の場所に避難された可能性が考えられる。
 しかし、その予測はジョーの中ですぐに否定された。それこそ一番あり得ない。
 その理由は、セントラルドームにいたと推測される人口が万単位であること。そんな大勢を、一体ラグオルのどこに避難させられると言うのか。それを、ラグオル宙域に到着したばかりのパイオニア2の総督府如きがどう誘導できるというのだろうか。
 また、もし仮にそれが実行されていたなら、既にパイオニア2船内に報道されているはずだ。だが現実は、今もハンターズには多く捜索依頼が押し寄せ、切れ間なくその後が立たないという。ジョーもひとりの老婆からの依頼を受け、セントラルドームにいるはずの息子の捜索の為、ラグオルへ降りたひとりだった。


 ジョーはセントラルドームの壁を見上げた。
 ここに先遣隊が来なかった訳がない。にも関わらず、彼等が早々にドームから退去した理由は『ここに救出すべき対象がいなかった』からではないだろうか?

 更には、もしそうだったとして、1度開けられた扉が再び閉じられた理由は──いや、これはあくまでもジョーの個人的な憶測だ。だが、開けたものを締めたということ。それは即ち、他人に見られてはならぬものがあったからではないだろうか。
 『隠蔽』──それが理由なら、扉が閉ざされた訳が簡単に説明できる。


 その言葉が頭を過ぎった瞬間、ジョーの思考は加速した。
 先遣隊が人々の目から何を隠したかったのか。
 そして、セントラルドームの中には何が存在していたのか。

 『パイオニア1の人々』

 やはりこれ以外にないのではないだろうか?


 避難の可能性は、とうに潰れている。
 ならば、かの人々はセントラルドームから消えてしまったと考えた方が話が早い。
 そして、もしそれがパイオニア2の人々に知られたら──隠蔽の理由はこれで説明が付く。

 無論、人々が消えた理由など、一介のニューマンが知る由もない。
 が、彼は大爆発の後の無傷の森をその目で見てきた。

 あるべきはずの爆発の痕跡が、なかった。
 あるべきはずの人々が、そこにいなかった。

 ジョーはこの2つをイコールで結び付けるだけのカードをまだ持っていなかったが、恐らくこれらは何かしらの共通点を持っているに違いない。


 ジョーはセントラルドームの壁の更に向こう……灰色に覆われる空を見た。
 昨日、このドームの上部から通信用の光が伸び、それを覆うような青白い光が宇宙まで伸びた。
 間違いなくここでそれは起きた。
 自分が今、その現場に立っていることが……そして、ここに何もないことが、ジョーには恐ろしかった。
 このラグオルは、星も森も人々もあの青白い光の塊に飲み込まれ──そして何かが始まったのだ。


     ◆     ◆     ◆


 考えれば考える程に、ジョーは頭がおかしくなりそうだった。この物事を悪い方へと考え込む思考を、彼は早く止めたかった。もっとお気楽に、もっと大きな視点で、自分のネガティブな妄想を誰かに否定して欲しかった。
 しかし、それは目の前の少年に求めてはならないことだった。恐らく少年は今、行方不明の姉のことで頭が一杯だろう。だが、自分が予測したラグオルの現状は、この少年には残酷過ぎる現実だ。
 もう話してはいけない。
 もう期待してはいけない。
 やはり自分の妄想は、自分の中で処理するしかなかったのだ。

 ジョーは何度も、少年にかける言葉を考えた。しかし、悪い言葉はいくらでも思い付くのに、コレだという労わりがまるで思い付かない。
 故に、ジョーがフィオスに返した言葉は一言。
 それ以上は何も言えなかった。


 しかし、フィオスはそんなジョーに、予想外の反応を返してきた。
 それはまさにニューマン男が求める、何ともお気楽で、何の根拠もない前向きさ──
「大丈夫だ! きっと何とかなる!」
 空を仰いだ明るい声が、前を見る強い瞳が、ネガの連鎖を繰り返した男の頭に何とも心地良く響いた。
「そ、そうだよ! きっと何とかなるって!」
 ジョーは明るい声につられてそう答えた。無論、何の根拠もない言葉ではあるが、今の少年に掛けるにはこれが一番適した言葉なのかもしれない。
 大丈夫。それでいい。きっとこれが大丈夫で、正解なのだ。

 続けてフィオスはドームの壁を見上げつつ、ジョーにこんなことを聞いてきた。
「セントラルドーム、今どうなってるんだろうな」
 その質問の答えは、ジョーの中では既に出ている。だが、彼はこう答えた。
「さー? わかんないなー」
 ジョーはわかっていた。フィオスは答えが欲しいんじゃない。喋らずにはいられない不安を隣の男に向けているだけなのだ。自分が不安を口にして、誰かとその感情を共有したかったように、ただ誰かに話してみたいだけなのだ。
 そして、こう付け加えた。
「──その内、調査隊がここを調べるんじゃないかな」
「やっぱ、それまで待つしかないよな」
 フィオスが大きく伸びをしつつ、世間話でもするように答えた。

 一方、ああ言ったものの、ジョーは内心穏やかではなかった。
 ……大丈夫だ。普通に会話できている。俺は普通の会話をちゃんとしている……
 少年を不安がらせるような話や予想を、自分はしていないはずだ。そのまま何事もなく会話を終わらせればいい……

 そんなことを考えていたら、フィオスがジョーを見てニヤリと笑った。
「ありがとな」
「おぅん?」
 突然の礼の意味がわからない。
「心配してくれたんだろ? おまえ、さっきから漏れそうなの我慢してるような顔してるぞ」
 そして、フィオスが声を上げて笑った。
「おまえ、服のセンスは最悪だけど、いい奴だよな!」
 多分ジョーは褒められているのだろう。フィオスはジョーの意図とは少しずれた解釈で、への字口をしている男に感謝の意を表してきた。
「まぁ……いっか」
 ジョーは首を振りつつ、大きく息をついた。それは安堵の溜息だったのか、吐き出せない胸のつっかえに一呼吸送る動作だったのか。
 ともあれ、ジョーはフィオスの笑顔に少し救われた気がした。
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