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1-1.声の再会
「こちらラヴィアン。聞こえますか?」
 無機質な広い空間に、ノイズ混じりの明るい若い女性の声が響き渡った。
 声は円卓の上に置かれたアナクロニズムな形状のスピーカーから流れ、それを囲むように老若男女6人が、女性の声を聞くなり手を合わせて歓声をあげた。
「ああ、よく聞こえるぞ、ラヴィアン」
 これまたアナクロニズムなデザインのマイクを手に取り、その一家の父親と思しき長身の男性がその声に答えた。
「お父さん、マイクは持たなくても姉さんにはちゃんと聞こえるから」
 その脇から、気難しそうな顔をした若い娘の小声が飛んできた。
 娘は卓上の通信機器を前に、隣の口うるさい祖父のアドバイスを適当に聞き流しつつ、細かな調節を手動で行っている様子だった。娘の年は二十歳頃といった所だろうか。
「うん、こっちは良好だよ。ロゼ、そっちはどう?」
 ロゼと呼ばれた娘は、それまで険しい顔をしていたが、久々に聞いた姉の声に安堵したのか、目元は厳しいまま口元を緩めた。
「余りいいとは言えないわね。姉さんの声が途切れ途切れになってしまうのよ」
 娘の眉間の皺の理由は、姉の声をクリアにしようと悪戦苦闘するものだった。
「会話ができてるなら音質なんか問題ないよ。ロゼはそういう所、相変わらず真面目だねえ」
「私としては、姉さんみたいな大雑把な人がどうしてパイオニア1のクルーに選ばれたのか不思議でならないけどね」
 皮肉混じりの冗談は、ロゼッタのいつもの切り返し方である。
 そんないつも通りの会話が楽しいのか、スピーカーからくすくすと小さな笑い声が聞こえて来る。


 それは、健全なパイオニア2の船内ではあり得ない光景だった。
 白壁に囲まれたただ広いだけの大広間に家族全員が人目をはばかるように集まり、スピーカーや巨大モニターを囲んで談笑している。
 勿論、家族がただ集まるなら何も問題はない。問題なのは、今彼等が行っている行動なのだ。
 総督府はパイオニア2の着陸時、全ての通信を禁止する一時的な禁止令を発表した。着陸時に、パイオニア2と地表のセントラルドームとの通信に支障があってはならないというのがその理由だ。
 つまり、この一家は家族ぐるみで総督府の命令を無視しているのである。
 しかし今日、この今という瞬間において、この一家と同じ光景がパイオニア2船内のあちこちで行われていることだろう。
 パイオニア2の眼前には青い惑星──
 この超長距離移民船パイオニア2は約1年の航行を経て、ようやく第2の母星となる惑星ラグオルの衛星軌道上に到達した。
 船はこれからラグオル地表にいる先遣隊からの通信を待ち、着陸態勢へと入って行く予定である。
 故に、こんな時だからこそ祭りに乗じるのである。
 そもそも、新惑星を目指して移民して来るような肝の据わった連中だ。やるなと言われて素直に従うような貴重な人種は、果たしてこの船に何割いるだろうか。


 このルーワンド一家も、今しか見れない祭りに乗じる一般家庭であった。
 通常の一般家庭と異なるのは、彼等が今現在いる地下室が、財閥や家柄を尊ぶ上流階級の居住区域に建てられた家の中にある点だろうか。
 成金一家──伝統や血統を尊ぶ周囲から一家はそのような謗りを受けていた。
 それでもここで一家全員で暮らせるようにと、父はこの家を買った──正確には政府から高額でレンタルした。

 ところがこの建物は、家と呼ぶには余りにも無機質で、真新しい真っ白な内装も、ただ広いだけの未来的な空間も、落ち着いていられるような馴染みのある風体ではなかった。
 そんな無機質な空間が特に老夫婦には不評で、祖父と祖母は自分達で勝手に別宅を用意してそちらに住み着いてしまった。
 更には、この一家の末っ子もハンターズギルドに所属することになり、家を出て行ってしまった。
 こうしてこの家は現在、父と母、次女が3人で暮らすのみとなった。
 これでもパイオニア2に一家が乗り込んだ頃は、毎日のように誰かが集まっては顔を合わせる賑やかな家だったが、1年間の航行の間にその頻度は徐々に減ってしまった。
 彼等は別段仲の悪い家族という訳ではない。ただ行くのが面倒臭かったり、家に帰るのに必要な手続きを取るのが面倒臭かったりと、それぞれにはれっきとした理由があったのだ。
 こうして父が用意した皆で暮らせるマイホームは、未使用の部屋を数多く残したまま現在に至っている。

 しかしこの生活スペースも、ラグオルへの着陸が無事に済めば、家族一同はラグオル地表に建てられたセントラルドームへ移り住み、今いるこの建築物は今後のラグオル発展の為に建築素材として再利用されることになっている。
 そんな理由もあって、元々コレは愛着が持ちにくい対象なのである。


 ともあれ、惑星ラグオルの着陸という祭りを機に、数ヶ月ぶりに家族が全員揃った。
 末っ子である少年もまた姉との8年ぶりの再会を理由に、総督府の許可を貰って久しぶりにハンターズエリアを出て、居住区の我が家──今はまだ仮の──に戻っていた。
 しかし、そんな無機質な場所でも、家族が集まる光景は少年の心を和ませた。
 父娘の通信のやり取りを笑顔で見守る母や、気難しそうに通信機器と格闘する2番目の姉。その調節に口出しする職人肌の祖父に、いつも優雅に無言で佇んでいる祖母。
 子供の頃から何度も見てきた光景だと思った。
 ただひとつ、1番上の姉の姿がまだないことを除けば。

「なぁ……着陸前後の民間人の通信は禁止されてるんじゃなかったっけ?」
 少年は内心ずっと気になっていたことを、不機嫌そうな次女に小声で問いかけた。
「いいのよ。どうせ皆やってるでしょ」
 後ろに立つ弟を指先で邪魔だと追い払いながら、姉──ロゼッタは、通信機に細かな数字を馴れた手つきで入力していく。少年は宙空に光って浮かぶ小型モニターと、そこに並ぶ数字の羅列を、意味が分からないままぼんやりと眺めた。少年が理解しているのは、この辺の機材のほとんどが、ロゼッタの操作によって管理されているという程度である。

「BEEの調子が悪いんじゃないか?」
 少年はブツブツと途切れる音声が気になって、ロゼッタに尋ねてみた。
 少年の言うBEEとは、宇宙空間を経由した惑星ラグオルとの通信に使われる回線のひとつで、一般層やハンターズの間でも普及しているものである。
 BEEの特徴は、テキストによる通信に機能が特化している他、超長距離移民船で1年かかるラグオル・コーラルという長距離間の通信も可能という、その汎用性の高さが売りだ。
 その反面、BEEは音声や映像のやり取りには向かず、それ等を目的とした通信手段は、一般的には解放されていない。
 ロゼッタは弟の指摘に何か言いたそうに口を開いたが、その説明が面倒なのか一旦口を閉じ、
「こんな時だから、回線が混雑してるんでしょ」
と素っ気無く答えた。
 どうせ出来の悪い弟に何を説明したところで理解できる訳がない。
 いや、むしろ通信手段については隠すべき事柄である。
 一般的に解放されてないはずの音声通信が、何故今ここで可能なのか。その理由は、ラグオルにいる姉にあった。
 彼女は自分の社会的地位を利用して、本来使えないはずの回線を妹に教え、使わせたのだ。これが世間にばれたら、姉の立場は危ういものになる。
 よって、ロゼッタには姉と交わした守秘義務があったのだ。

 しかし、そんなことを少年が知る由もない。
 彼はロゼッタに素っ気無い態度を取られ、やはりこいつは苦手だと思った。
 喧嘩をしている訳ではない。が、気が付いたらふたりの間に会話は減り、顔を合わせば不機嫌そうな顔をされるようになった。
 昔はもう少し優しく接してくれたはずなのに、いつの頃からかふたりの関係は年月の経過と共に冷えていった。
 関係が冷えた理由は、少年に心当たりはない。ひとつ思い当たるとすれば、ラヴィアンがラグオルに旅立って以降、ロゼッタは弟に冷たくなったように思う。

「呼んでるわよ」
 ロゼッタの声に少年は顔を上げた。
 そこにはマイクを握り締め、笑顔で息子に手招きする父の姿があった。どうやらラヴィアンの相手をしろということらしい。
 少年はマイクを受け取ると、咳払いをひとつ。そして、緊張を悟られないようにいつも通りを装いつつ、まだ遠い地表の姉に話しかけた。
「あー……姉さん、久しぶり……?」
「え……? あなた……本当にフィオスなの?」
 相変わらずノイズのひどいスピーカーから、予想外の返答が返ってきた。
「あー……声変わりしたんだよ。おかしいか?」
 少し気恥ずかしそうに少年は答えた。
「ううん、素敵な声だよ。少し大人っぽくなったね」
「そりゃあ……8年ぶりだからな」
 大人っぽくなったと言われて、フィオスは内心喜んでいた。
 周囲は声変わりした時、気持ち悪いだの、昔の方が良かっただのと散々な言いようだった。しかも、彼等は声変わりの声に聞き慣れると、日々少しずつ変化していく少年の成長にさっぱり反応しなくなった。
 それをこの姉は、自分が一番欲しかった言葉で褒めてくれたのだ。
 大人っぽく──周囲にいつも子ども扱いや、半人前扱いされていた彼にとって、何かくすぐったい嬉しさがあった。

「そっか……フィオスももうそんな年なんだね」
「うん」
「あの時、フィオスは7歳だったっけ?」
「……うん」
 弟に語りかける落ち着いた声は、昔と同じ優しいままの姉の声だった。頻繁に顔を合わせる方の姉とは大違いである。
 しかし、そう油断したのも束の間。
「背は伸びた? もうお父さんぐらい?」
 姉の問いに、フィオスは父の姿をチラッと一瞥し、咳払いをした。
 ロゼッタの横で通信機器を覗き込む長身で筋肉質な男は、誰の目から見ても格好いい部類の男に映るだろう。
 一方、自分はといえば──
「まぁ……余り期待して欲しくないけど」
「そ……そっか……」
 スピーカーの向こうから気まずそうな吐息が漏れる。姉にとっては、声のことも予想外だったが、背のことも予想外だったのだろう。
「フィオスなら、私より小さいわよ」
 突如、ロゼッタが横槍を入れてきた。
「姉貴は女にしてはでかすぎだろ!」
「あんたは男にしては小さすぎでしょ?」
 睨み合う姉弟の間のスピーカーから、まぁまぁという声が聞こえてくる。フィオスとロゼッタの間が険悪な雰囲気になりそうな時、その仲裁に入るのはいつもラヴィアンだった。
 8年ぶりの声の再会は、8年前と変わらぬ様子で会話が弾んだ。
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