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1-2.姉弟の思い出
 あの時──
 ラヴィアンがパイオニア1に乗り込んだ時──

 この日のルーワンド家は、祭りと通夜が同時に来たような慌しさの真っ只中にいた。
 特に父の喜びようが激しかった。

 パイオニア1──それは惑星ラグオルへの移民を可能にする為の先遣隊。
 パイオニア1と2は同型の船であったが、その目的はまるで違う。
 パイオニア2が大量移民を目的とした船ならば、パイオニア1は惑星ラグオルを人が住めるようテラフォーミングを行うのが目的て゜ある。
 彼等は未開の星の大地に住居を建て、生態系や地質、大気中の成分、気候等の数多の調査を行いつつ生活環境を整え、また居住区周辺に危険生物を寄せ付けない等、次に続く者達の為に安全の保証を確立せねばならなかった。
 よって、パイオニア1の乗務員に選ばれたのは、高名な学者や各研究分野の権威、歴戦の英雄、軍の上層部等のエリート達だった。
 パイオニア2の時のように、乗船券を抽選で得たり、金で買うのとは訳が違う。

 中でも、、まだあどけなさの残る少女『レッドリング=リコ』の大抜擢は話題を呼んだ。
 当時、リコはまだ10代の若さでありながら、その戦果は歴戦の勇士と同等かそれ以上と評価された。彼女が白髭公の名で知られるヒースクリフ=フロウウェンといった伝説級の英雄達と肩を並べる姿もまた人々の羨望の対象となった。
 彼女はまさに、衰退していく本星コーラルの民衆達にとって娘のような存在であり、アイドル的カリスマであり、希望の象徴であった。

 そんな名誉あるパイオニア1の乗務員に、ラヴィアンは機械工学の先端を担う一端として選出された。
 パイオニア計画はまさに人類の命運を賭けた巨大プロジェクトであり、本星コーラル全民衆の希望そのもの。そんな壮大なプロジェクトを担うエリートに、ラヴィアンは選ばれたのだ。
 そんな娘を、当時父はリコになぞって
「ラヴィは我が家のリコだ!」
と口癖のように誰かれ構わず自慢して回った。


 フィオスも幼心に、当時の熱気と興奮を覚えている。
 当時の彼はパイオニア計画に関する本や資料を読み漁り、パイオニア1の船体や乗務員の映像を眺めるのが日課だった。
 フィオスが記憶している限りでは、パイオニア計画の全容は凡そ以下の通りである。


  自分が生まれる8年前、長年の局地戦争により、本星コーラルの環境は人が住めない程に悪化。
  他の惑星への移住が急がれ「パイオニア計画」が提唱された。


  自分が生まれた年、無人惑星探査機により惑星ラグオルが発見された。


  そして7歳、惑星の探査を目的としたパイオニア1が、いよいよラグオルへ飛び立つ──


 新しい星。
 新しい船。
 名誉ある任務に就く姉の勇姿。
 フィオスの小さな胸は躍った。

 あの星に行けば、皆が幸せになれる。
 心の底からそう信じていた。


 しかし一方で、大好きな姉との別れは、幼い彼にとって辛いものだった。
 だからこそフィオスは、決して忘れられない何かを貰おうと、姉の部屋に向かった。
 7歳の少年が16歳の少女に頭を下げて頼んだのは、槍の使い方。
 ハンターズでもあるラヴィアンの得意武器を自分のものにすることで、遠く離れる姉を少しでも身近に感じられるようにと考えたのだ。
 ラヴィアンは弟の頼みを快く引き受けた。
 しかしその際、ラヴィアンは次のように尋ねてきた。
「フィオスは何で槍の使い方を知りたいの?」
 本当の理由を言うのが恥ずかしくて、フィオスは適当に答えた。
「強くなりたいから!」
 するとラヴィアンは少し困ったように笑って、こう答えた。
「うーん、それは二番目にいい答えだね」

 思いもよらない返事が返ってきて、フィオスはきょとんと姉の顔を見た。当然、その言葉の続きが気になる。
「一番は何?」
 するとラヴィアンはそれまで座っていた椅子から立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら、自室の奥へと向かった。
 足の踏み場もない荷物の山をかき回して取り出したのは、先に布が巻かれた長い棒。
「あげるよ。私が昔使ってたものなの」
 そう言うと、ラヴィアンは散らかした荷物の山を元の形に戻した。
 才能溢れる姉の唯一の欠点とも言えるこの奇行は、何度見ても理解し難い異様さがある。どう見ても最初の散らかった状態に散らかし直しているのだ。
 が、見慣れた光景に今はとやかく言うつもりはない。それより正解の答えである。
「ねぇ、一番って何?」
 ラヴィアンは椅子に座り直すと、弟の頭に勢い良く手を乗せ、またニヤニヤと笑った。
「答えは自分で見つけてね?」
「えー?教えてくれたっていいじゃんか!」
「だーめ。自分で考えて出した答えじゃないと、本当の意味が理解できないでしょ?」
 そう言うとラヴィアンはデスクに向き直り、モニターに向かってカタカタと何かの作業をし始めた。こうなると姉はなかなか現実の世界に帰って来ない性分である。
「気になるだろー!」
 姉が完全に自分の世界に行ってしまう前に、フィオスはラヴィアンの裾を引っ張った。
「稽古は今日の20時から。爺ちゃん家のガレージで待ってること」
「なあってば……」
「いいね?」
 そう言いながらモニターに向かう姉の横顔が、いつもより厳しい表情に見えた。
 ラグオル出発に向けてスケジュールが詰まっているとわかった上で、自分から頼んだことである。
「……わかった」
 こう答える以外なかった。

 フィオスは心の引っかかりを気にしつつも、諦めて姉の部屋から出ようとした。
 その時、背後からこれまた思いもよらない言葉が飛んできた。
「これは宿題」
「は?」
「ラグオルで再会する日までに、一番いい答えを見つけて、私に報告すること。いいね?」
「そんな無茶振りされても……」
 姉は机に噛り付いたまま、弟を諭した。
「師匠の言葉には従うこと。修行は既に始まっているぞ?」
「……はい」
 やっぱりこう答えるしかなかった。


 パイオニア1が出発するまでの数ヶ月、ラヴィアンは時間の許す限り弟の稽古をみた。
 正確には、ラヴィアンが乗船前の訓練を受けるのに必要な期間は数ヶ月。つまり、実質稽古をつけて貰えた時間はほとんどないに等しい。
 それでも7歳の少年にとって1日という時間は長く、日々腕を上げていく弟にラヴィアンは目を細めた。
 別れの前の大切な時間は、こんな具合に思い出を重ねることができた。

 出発の日、フィオスは家族と共にラヴィアンを見送った。
 大勢のクルー達と一同に敬礼し、言葉なく船に乗り込む後ろ姿を、フィオスは遠くから食い入るように眺め、見届けた。
 ラヴィアンが後程母に聞いた話では、見送った後に弟は大泣きをしてしばらくぐずっていたとのこと。
 しかし彼は、ラヴィアンの前で決して涙を見せなかった。
 それを知りラヴィアンは、弟はきっと強くなると思った。
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