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1-3.あってはならぬ光景
 あれから8年。
 再会の瞬間は目の前に迫っていた。

 移民船パイオニア2は、ラグオルの衛星軌道上に到達すると、本星時間で2日と数時間かけて惑星ラグオルの低軌道を回り、着陸に際しての軌道修正や大気圏突入時の角度の確認、着地点の座標の割り出しや現地の気象データー、決行時間等、各々の微調整に入った。
 その間、パイオニア2の住人達は眼下に広がる青い惑星を見て歓喜の声を上げ、一生に一度の天体ショーを愉しんだという。彼等はこの先、青い空を足元に見下ろすことは二度となく、煌く星を頭上に仰いで生きて行くことだろう。

 そして今まさに、パイオニア2は惑星ラグオルの大地に降り立とうと、ラグオル地表上のセントラルドームとの交信を開始した。
 ルーワンド一家がいる居住区から宇宙の様子は見えなかったが、誰かが無断で交信の様子を中継している映像を祖父がどこかから拾い、その様子が大気を介しないクリアな画質で、室内の巨大モニターに映し出された。
 映像の中では、パイオニア2の船体の一部から魔法陣のような光がゆっくりと円を描きながら現れ、その円が徐々に大きくなっていく様子が伺える。
「綺麗なものねぇ」
「いよいよだな……」
 背後から小声で、両親の暢気なやり取りが聞こえてくる。
 静まり返る部屋の空気が、いよいよという緊張感を高めていた。

「宿題、できた?」
 先ほどよりひどいノイズ混じりに、ラヴィアンの声が聞こえてきた。
 この8年間、フィオスは彼なりに考えて戦う理由の答えを出したが、それが一番かどうか自信がなかった。
 何しろラヴィアン・ルーワンドという人物は、人とは違う着眼点を持つ、世間一般的には変わり者に属する人種である。余り一般的な回答では、彼女の考える正解にはたどり着けないだろう。
「まぁ、うん……まぁ……」
 弟のハッキリしない答えに、ラヴィアンはくすくすと笑った。それは彼女の予想通りの返答でもあった。
「後でゆっくり答えを聞こうかな」
 ラヴィアンがいじわるそうに言う。それを聞いて、フィオスはありのままに答えるしかないと観念した。不正解であれば、今度こそ正解を聞きだすまでだ。

 やがて巨大モニターの映像は、魔法陣から一筋の光が放たれ、それがラグオル地表のセントラルドームのある地点に向けて照射される様子を映し出した。
 そしてそれに応えるように、惑星地表からも一筋の光が伸び上がってくるのが見える。
 地表から伸びる光と、移民船から伸びる光。2筋の光が交差する様は、言葉のない光だけの世界で契約を交わす厳かな儀式のようにも見える。

 皆その様子を固唾を呑んで眺めているのだろう。
 先ほどまで賑やかだった室内は静まり返り、スピーカーの向こうからはノイズ混じりの姉の息遣いが聞こえる。
 フィオスはその呼吸音に安堵を感じ、耳をすませて聞いていた。目を閉じればすぐ近くにラヴィアンがいるようで、それが何だか嬉しかった。

 しかし、呼吸音に混じって聞き取れない程の小さな呟きを、フィオスは聞いてしまった。
 それは今という瞬間には余りに唐突かつ場違いな言葉で、フィオスは聞き間違えたかと耳を疑った。
 雑音が酷くてよく聞き取れなかったが、恐らくラヴィアンは
「地震……?」
と呟いたように聞こえた。

 その直後だった。
 突然スピーカーから聞いたこともないような高音域の音が聞こえたかと思うと、立て続けに耳をつんざくような轟音が流れてきた。
 それは何かが破壊されたり崩落するような音というよりは、圧縮された大物量の何かが一気に噴出して、土砂のように辺り一面を覆い尽くすような轟音。
 フィオスはそこに人の声のような音を聞いた気がした。姉の声ではない。何か得体の知れないうねりが、姉の室内のマイクに覆い被さり、名状しがたい音の侵略が向こう側で起きているのが聞こえてきたのだ。
 フィオスは咄嗟に耳を塞いだ。全身の震えが止まらない。
 聞いていられない──とにかく聞いていられない……

「姉さん? 聞こえる? 姉さん!」
 ロゼッタの呼びかけに、フィオスは正気を取り戻した。
 ラヴィアンからの返事はない。
「どういうことなの? 突然音声が途切れて……」
 ロゼッタの呟きに、フィオスは違和感を感じた。あれは途切れるというより、雪崩のような轟音で遮断されたようなもの。ロゼッタはあの音を聞いていないのだろうか?
「おい、あれ……」
 父の震える低い声に、一同はモニターに目を移した。
 そこには、一番あってはならない光景が映し出されていた。

 惑星ラグオルの地表を、幾重にも重なり走る円状の衝撃波。
 その衝撃波の中心から一筋の青白い光が立ち上り、瞬く間に大気圏を突き抜けて宇宙空間まで伸びた。
 そして、その足元には巨大な光の塊が半円を描いて徐々に大きくなっていく様が見える。
 それは、移民船から視認できる程の、惑星表面を覆い尽くす規模の大爆発だった。
 巨大モニターにクリアな画質で映し出される爆発の光。大気のない宇宙にいるからこその無音の映像伝達が、その場にいた全員の絶望感を否応なしに煽る。
 その爆心地には、パイオニア1の人々が住むセントラルドーム──つまりは、現在ラヴィアンがいるはずの建造物があった。

 その場にいた全員が絶句していた。
 何か喋ろう、考えよう、行動しようと思うが、体が全く動かない。
 人類が対処するには余りにもキャパシティーィを超えている目の前の現実に、立ち尽くす以外できなかった。

 その時、フィオスの後ろで、何か小さな呻き声のようなものが聞こえた。
 振り返ると顔面蒼白の母が口に手を当て、徐々にその場に崩れ落ちるのが見える。そしてその口からは、喉の奥からやっと絞り出したような、音にならない掠れた悲鳴があがった。
 いつも笑顔を絶やさない母の、初めて聞く絶望の叫びだった。

 しかし、そんな母の悲鳴が、その場にいる全員の正気を取り戻すきっかけとなった。
 それまで静まり返った室内は突如怒号が飛び交い、父と祖父、ロゼッタが操作するけたたましいキー入力の騒音が室内に響き渡る。。
「どこでもいい! どこか回線が繋がらないのか!」
「できる限り情報を集めておけ! 金に糸目を付けてはならん!」
「姉さん! 聞こえる? 応答して姉さん!」
 通信機器や各自の所有する端末からは、誰のものかもわからない怒号や機械的な音声が、ノイズに混じって流れては途切れるを繰り返した。
 その様子を見てフィオスも何かをせねばと、自分の端末機を取り出し、思い付く限りの友人や知り合い、仲間との溜まり場のログを見漁った。

 ふと目をやると、床に崩れた母を気遣うように、祖母がその背に手を回していた。
 厳格な祖母は余り表情を見せる人物ではなく、何となく子供の頃から苦手意識があった。特に祖母と母との間に確執のようなものがあり、祖母はなかなか母に打ち解けようとしないでいた。
 そんな祖母が、不安の色を瞳に浮かばせながら、母の背をさすっている。今までであれば、決してあり得ない光景だった。
 フィオスは沈痛な面持ちで、ふたりのそんな姿を見ていた。何故こんな緊急時に、できればこうあって欲しいと夢見た光景を見ることができたのだろう。
 フィオスは端末を片手で操作しながら、母の背に回した祖母の手の上に、自分の左手を重ねた。そうせずにはいられなかった。
 そして、一心不乱に部屋中を駆け回る三人を横目で追いながら、ばつの悪さのようなものを感じていた。
 自分に専門的な知識があれば──
 全く使えない訳ではないが、機械の操作に関してはこの三人にとても適うものではない。

 しかし、自分は役立たずではないはずだ。
 自分に今できることは──ハンターズとしての働き以外にない。
 フィオスは何か意を決すると、重ねた掌に力を込めた。
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