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2-2.破格の依頼と依頼主
 深夜にギルドを訪れるのは初めてのことだった。
 時間が時間だけに、当然、そこには人気などないだろうと思っていたが、ラグオル異変の直後だからだろうか、民間人と思しき人でごった返しになっていた。
 通常、このハンターズエリアに一般人が立ち入ることは禁じられている。が、彼等はどこからかルートを得て一般エリアからここへと進入して来たのだろう。ギルドの入口は、そんな一般人とそれに対応する、普段はカウンターですまし顔をしているお姉さん方の押し合いによって塞がれていた。

 フィオスがギルドの中へ入れずに困っていると、その脇からトントンと肩を叩かれた。振り向くと、そこには見知った顔がいた。
「親父……?」
 思いがけない人物と出くわし、フィオスは後ずさりしながら驚いた。そして、その瞬間に彼は依頼主の正体を悟った。
「来てくれないかと思ったよ」
 父は笑顔で息子に微笑んだ。しかし、その目には疲れの色が見て取れる。恐らく父は今日1日、情報集めにパイオニア2船内をくまなく歩き回ったのだろう。
 フィオスは改めて腕に装着した端末の画面を見た。その最後には、確かに自分の父──クオス・ルーワンドの名が記されている。
 そんな息子の様子を見て、父クオスは苦笑した。
「あー……読んでる途中で部屋を飛び出して来たか?」
 図星を差されて一瞬ムッとしたが、気を取り直して息子は父に尋ねた。
「依頼の内容を聞こうか」
「待て待て。まずはカウンターのお姉ちゃんの話を聞く。それがギルドのシステムだろ?」
 そう言うと、クオスは人垣を強引に掻き分けて、ギルドの施設の中に入って行った。息子も父の通った後をついて中に入った。

 ふたりはカウンターにいた女性に案内されると、ギルド内の奥にある椅子に座らされた。小型のテーブルを挟むように親子が向かい合って座り、その間に受付嬢が立つ。そして、女性は宙空に浮かぶ小型モニターを操作すると、そこに表示された依頼の内容を依頼者に確認させ、続けてハンターズの少年に説明を始めた。
 依頼内容は、ラグオルで行方不明になった依頼者の娘の捜索。
 捜索場所は、惑星ラグオルの侵入可能な地域全体。
 そして用意された多額の準備金と、成功報酬。
「多すぎる」
 確かにそれは、新人のハンターズが受け取るには桁違いの報酬であった。
「そうは言ってもなぁ。もうギルドに支払っちゃったもん。もう返金はできないよね?」
 クオスの問いに、受付嬢が頷いた。
「そういうシステムですから」
 フィオスは頭を抱えた。普段は小額でも金を出すことをケチる父が、どういう訳かこんな所で大盤振る舞いである。

 また、内心フィオスは父からの依頼を苦々しく思っていた。確かにこの依頼を受ければ、ラグオルに降りる口実も許可も得ることができる。
 しかしできることならば、彼は自分の実力を認められた上で、地表に降り立つ許可を得たかった。
 フィオスにとって父の助け舟は、肉親のコネで得る仕事も同然。まだ10代の少年にとってコネというものは、何か後ろめたいような、自分のプライドが傷つくような不快感を感じる対象だった。

「にしたって、多すぎだろ。いつもの吝嗇癖はどうした?」
 そんな息子の不遜な態度に、父は苦笑を浮かべた。
 自分にも身に覚えがある。若い頃は、何でも自分の力でのし上がり、名声を得ようと躍起になったものだ。
 ましてやこの子は、親の世話になることを良しとせず、ひとりで生きていく力をつけるのだと、家を出てハンターズになった。
 だからこそ、父は息子にこう答えた。
「金で買える命なら、俺はいくらでも出すぞ!」
 その言葉からフィオスは、この金は決して息子にくれてやるものではないと悟った。全てラヴィアン捜索の為の資金なのだ。
「なるほどね」
 そう答えるフィオスの口元に笑みが浮かぶ。

 親の金を使って仕事をすることに抵抗はあるが、今はそんなことを言っている状況ではない。時間の迫る中、一刻も早く姉を救い出すことができるのであれば、つまらない拘りなど捨てるべきだ。
 姉の命と自分のプライド──天秤にかけるまでもない。
 フィオスは目を瞑り、深く溜息をつくと、左腕のコンピューターを起動させ、準備金を受け取る手続きに入った。
 溜息ひとつは、いきがる餓鬼の最後のプライドを投げ捨てる時間。
 フィオスは条件をひとつ加えて、依頼を受ける旨を伝えた。成功報酬の8割を前払いで受け取り、捜索資金にあてがいたいと。

「できるの?」
 父が受付嬢に尋ねた。
「ギルドに支払われた報酬や準備金は、どんな理由があろうと変更することはできません」
「あらま」
 クオスが残念そうな声を上げる。
「──ですが」
 女性は言葉を続けた。
「仕事の進行度に合わせ、報酬を段階に分けて支払うことは可能です」
 それを聞いてクオスはニヤリと笑った。
「では、まずはラグオルの大地に無事に立つ。これに成功したら80万メセタだ」
 至上最も簡単で、最も高額な依頼がここに成立した。
「そんなんでいいのか?」
 流石に不安になり、フィオスが受付嬢に尋ねた。しかし、彼女は彼に背を向けてカウンターの方に歩き出し、一言
「そういうシステムですから」
と事務的な声で答えた。
 彼女はアンドロイドではない。その見てくれから、どこにでもいるヒューマンとわかる。しかし、彼女の受け答えは機械的で、フィオスはこの女性がちょっと苦手だと思った。

「あんた、話がわかるね」
 ところがクオスは親しげに受付嬢に話し掛ける。女性はギルドカウンターで依頼の成立や準備金の送金手続き等をしているのか、空中に映し出された半透明のモニターに向かい淡々とキーを打ち込んでいる。
「仕事ですから」
 相変わらず女性に笑顔はなかった。
 やがて女性のキーを打つ手が止まると、フィオスの端末に入金の通知が届いた。
 続けてフィオスの肩に、父の大きな手が乗る。
「フィオス、寝て起きたら、ラグオルの大地を踏んでこい。それがおまえの最初の仕事だ」
 フィオスはまだ腑に落ちない顔をしていたが、やることは既に決まっている。後は実行するのみである。
「絶対、見つけて帰るから」
 息子の力強い言葉に、父は無言で頷いた。

 依頼の話が一通り終わり、親子はそれぞれ帰宅することになった。
 その時、ギルドの出口へと向かうふたりの背に、あの事務的な女性の声が掛かった。
「依頼者様のご家族が皆、無事にご帰還されることを祈っております」
 それは受付嬢が口にするには感情の乗った言葉だった。
 女性は言葉少なだったが、無感情な人物ではなかった。混乱に陥ったパイオニア2に身を置く1人として、何か思う所があるのかもしれない。
「ありがとう」
 フィオスは笑みを浮かべて、女性に手を振った。
 受付嬢は親子に向かってお辞儀をし、無言のままふたりを見送った。
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