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2-3.夜景に眠りつく
 ギルドの入口には、相変わらずどこからか入って来た一般市民が肉壁を作っていた。
 そんな彼等が口にするのは家族の名前。恐らくラグオルに彼等の家族がいるのだろう。多くはその捜索依頼を嘆願する言葉を口にしていた
 しかし、正規の手続きを踏まず、進入禁止の区域に無断で入ってきた彼等は、恐らく何らかの処罰を受けることになるだろう。それに時間を取られる分、捜索が遅れることなど配慮もなしに、ただひたすら必死の訴えと怒号を上げて、ここはこのまま夜が更けて行くのだろう。
 フィオスはそんな様子を横目で見ながら、今まさにこの施設内で行われた取引を少し後ろめたく思った。
 だが、手段を選んでいられない状況であることを彼は痛感していた。明日も何もできないまま時間が過ぎることなどあってはならない。

「じゃ、ここで」
 クオスは一般エリアに向かう道を歩きつつ、振り向き様に息子に別れの挨拶をした。
「親父はどうやってハンターズエリアに入れたんだ?」
 フィオスは内心引っ掛かっていた疑問を父に投げた。
 すると父は手元の端末からカードを取り出すと、それをピラピラと振って見せた。
「俺、元ハンターズだから」
 それを見て、フィオスがしかめっ面をする。
「そのライセンス、期限切れじゃないのか?」
「心は現役だぞ?」
 息子は肩をすくめた。この父も、ギルド前で肉壁を作っていた連中と、立場上は変わらないということだった。
 それでも一般エリアからハンターズエリアに入るには、厳重なチェックが入るはずである。いくら何でも期限の切れたIDでここに来れるとは思えない。
 その時、息子の脳裏に『袖の下』という言葉が過ぎった。命の為ならいくらでも払う──父は既にそれを実行していたのだろう。
「まぁ……公安に捕まらない程度に、気をつけて帰れよ」
 フィオスは皮肉を込めて、父の背中にそう告げた。
「おまえこそ、ラグオルで化物にとっ掴まらないように気をつけて来いよ!」
 父の言葉に、フィオスは思わず声を上げて笑った。
「化物なんかいる訳ないだろ。パイオニア1の報告では、人類に危害を加えるような生物はいないってあっただろ?」
 気のせいだろうか。
 その時一瞬、父が口ごもったように見えた。しかしすぐに
「ああ、そんなモノ、いる訳ないよな」
と笑いながらおどけて見せた。
「せいぜいエロい格好したお姉ちゃんに騙されて、パパから貰ったお金を巻き上げられんようにな?」
 そこには、いつもの父の笑顔があった。
「誰がそんなヘマするかよ」
 フィオスも笑って、手を振りながら父と別れた。


 深夜のシティをひとり歩く少年。時間が時間なのと、彼が今いるエリアが特殊な区域のせいか、清潔で無機質な建物に囲まれた通路に人の気配はない。
 ふと顔を上げると、ハンターズエリアの向こう側に派手な色をした街の明かりが見える。透明な巨大ドームの中に高層ビルが建ち並び、その合間を縫うように車やバイクの光の筋が走る。そしてその足元には、夜の街に繰り出す市民がごった返しになり、今日などはラグオル異変のこと等が噂になっているに違いない。
 この船の街は眠ることを知らない。母星の大都市がそうであったように。

 フィオスはそんな街の光を遠くに見ながら、ハンターズの居住区に繋がる転送装置の中に入って行った。
 装置の起動と共に、フィオスの体が光に包まれる。そして、装置から姿が消える刹那、彼の脳裏に父の沈黙が横切った。
 恐らく父は何かを知っている──
 今日1日をかけて、目の下にくまを作る程に情報をかき集める中で、恐らく父は他者には言えない何かを掴んだに違いない。
「それを知りたきゃ、ラグオルに行けってことか……」
 フィオスの手に汗が滲む。彼は実戦経験を持っていたが、その腕が至って未熟であることは十分に承知している。
 やがて、居住区側の転送装置にフィオスの姿が現れた。そのいでたちは、既にハンターの装備を解除し、寝巻き同然の普段着姿であった。
「ん? ああ、裸足か」
 フィオスは特に気にするでもなく、何の飾り気もない白と灰色の寄宿舎の廊下を歩きながら、自分の部屋へと足を進めた。

 明日から忙しくなる。
 恐らく彼を待ち受けるのは、今日までの経験とは比較にならない程の、激昂と慟哭の連続だろう。
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