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パイオニア計画
 宇宙の彼方に自分の未来がある。
 人々はそう信じて、この大規模な宇宙移民計画に時間と財産、そして己の人生の全てを賭けた。
 ──パイオニア計画──
 衰退し行く母星を離れ、新たな星に生活の根を下ろし、その地に人類の歴史と文明を築き上げるプロジェクト。

 皆がそこで暮らして行くのだ。
 皆がそこで幸せになるのだ。
 誰もが当たり前のようにそこで人と出会い、愛し、子を産み、育て、長い年月を掛けて人生を謳歌し、やがてはこの星の大地に骨を埋めるに違いない。

 それはこの一家も同様で、彼等は自分達の未来の拠点を目指し、移民船パイオニア2に一家総出で乗り込んだ。
 財産も家財道具も代々伝わる伝統も築き上げた実績や信頼も何もかも、母星コーラルから全て持ち出した。
 その様から、彼等は二度と母星に帰るつもりなどないのだとわかる。
 彼等にとって故郷とは、これから向かう青い星を指すのだ。

 彼等が目指す未来は既に目前。
 移民船パイオニア2は、1年という長い航行期間を経て、いよいよ惑星ラグオルに着陸しようとしていた。
 
> 1.ラグオルの大爆発
1.ラグオルの大爆発
 
> 1.ラグオルの大爆発 > 1-1.声の再会
1-1.声の再会
「こちらラヴィアン。聞こえますか?」
 無機質な広い空間に、ノイズ混じりの明るい若い女性の声が響き渡った。
 声は円卓の上に置かれたアナクロニズムな形状のスピーカーから流れ、それを囲むように老若男女6人が、女性の声を聞くなり手を合わせて歓声をあげた。
「ああ、よく聞こえるぞ、ラヴィアン」
 これまたアナクロニズムなデザインのマイクを手に取り、その一家の父親と思しき長身の男性がその声に答えた。
「お父さん、マイクは持たなくても姉さんにはちゃんと聞こえるから」
 その脇から、気難しそうな顔をした若い娘の小声が飛んできた。
 娘は卓上の通信機器を前に、隣の口うるさい祖父のアドバイスを適当に聞き流しつつ、細かな調節を手動で行っている様子だった。娘の年は二十歳頃といった所だろうか。
「うん、こっちは良好だよ。ロゼ、そっちはどう?」
 ロゼと呼ばれた娘は、それまで険しい顔をしていたが、久々に聞いた姉の声に安堵したのか、目元は厳しいまま口元を緩めた。
「余りいいとは言えないわね。姉さんの声が途切れ途切れになってしまうのよ」
 娘の眉間の皺の理由は、姉の声をクリアにしようと悪戦苦闘するものだった。
「会話ができてるなら音質なんか問題ないよ。ロゼはそういう所、相変わらず真面目だねえ」
「私としては、姉さんみたいな大雑把な人がどうしてパイオニア1のクルーに選ばれたのか不思議でならないけどね」
 皮肉混じりの冗談は、ロゼッタのいつもの切り返し方である。
 そんないつも通りの会話が楽しいのか、スピーカーからくすくすと小さな笑い声が聞こえて来る。


 それは、健全なパイオニア2の船内ではあり得ない光景だった。
 白壁に囲まれたただ広いだけの大広間に家族全員が人目をはばかるように集まり、スピーカーや巨大モニターを囲んで談笑している。
 勿論、家族がただ集まるなら何も問題はない。問題なのは、今彼等が行っている行動なのだ。
 総督府はパイオニア2の着陸時、全ての通信を禁止する一時的な禁止令を発表した。着陸時に、パイオニア2と地表のセントラルドームとの通信に支障があってはならないというのがその理由だ。
 つまり、この一家は家族ぐるみで総督府の命令を無視しているのである。
 しかし今日、この今という瞬間において、この一家と同じ光景がパイオニア2船内のあちこちで行われていることだろう。
 パイオニア2の眼前には青い惑星──
 この超長距離移民船パイオニア2は約1年の航行を経て、ようやく第2の母星となる惑星ラグオルの衛星軌道上に到達した。
 船はこれからラグオル地表にいる先遣隊からの通信を待ち、着陸態勢へと入って行く予定である。
 故に、こんな時だからこそ祭りに乗じるのである。
 そもそも、新惑星を目指して移民して来るような肝の据わった連中だ。やるなと言われて素直に従うような貴重な人種は、果たしてこの船に何割いるだろうか。


 このルーワンド一家も、今しか見れない祭りに乗じる一般家庭であった。
 通常の一般家庭と異なるのは、彼等が今現在いる地下室が、財閥や家柄を尊ぶ上流階級の居住区域に建てられた家の中にある点だろうか。
 成金一家──伝統や血統を尊ぶ周囲から一家はそのような謗りを受けていた。
 それでもここで一家全員で暮らせるようにと、父はこの家を買った──正確には政府から高額でレンタルした。

 ところがこの建物は、家と呼ぶには余りにも無機質で、真新しい真っ白な内装も、ただ広いだけの未来的な空間も、落ち着いていられるような馴染みのある風体ではなかった。
 そんな無機質な空間が特に老夫婦には不評で、祖父と祖母は自分達で勝手に別宅を用意してそちらに住み着いてしまった。
 更には、この一家の末っ子もハンターズギルドに所属することになり、家を出て行ってしまった。
 こうしてこの家は現在、父と母、次女が3人で暮らすのみとなった。
 これでもパイオニア2に一家が乗り込んだ頃は、毎日のように誰かが集まっては顔を合わせる賑やかな家だったが、1年間の航行の間にその頻度は徐々に減ってしまった。
 彼等は別段仲の悪い家族という訳ではない。ただ行くのが面倒臭かったり、家に帰るのに必要な手続きを取るのが面倒臭かったりと、それぞれにはれっきとした理由があったのだ。
 こうして父が用意した皆で暮らせるマイホームは、未使用の部屋を数多く残したまま現在に至っている。

 しかしこの生活スペースも、ラグオルへの着陸が無事に済めば、家族一同はラグオル地表に建てられたセントラルドームへ移り住み、今いるこの建築物は今後のラグオル発展の為に建築素材として再利用されることになっている。
 そんな理由もあって、元々コレは愛着が持ちにくい対象なのである。


 ともあれ、惑星ラグオルの着陸という祭りを機に、数ヶ月ぶりに家族が全員揃った。
 末っ子である少年もまた姉との8年ぶりの再会を理由に、総督府の許可を貰って久しぶりにハンターズエリアを出て、居住区の我が家──今はまだ仮の──に戻っていた。
 しかし、そんな無機質な場所でも、家族が集まる光景は少年の心を和ませた。
 父娘の通信のやり取りを笑顔で見守る母や、気難しそうに通信機器と格闘する2番目の姉。その調節に口出しする職人肌の祖父に、いつも優雅に無言で佇んでいる祖母。
 子供の頃から何度も見てきた光景だと思った。
 ただひとつ、1番上の姉の姿がまだないことを除けば。

「なぁ……着陸前後の民間人の通信は禁止されてるんじゃなかったっけ?」
 少年は内心ずっと気になっていたことを、不機嫌そうな次女に小声で問いかけた。
「いいのよ。どうせ皆やってるでしょ」
 後ろに立つ弟を指先で邪魔だと追い払いながら、姉──ロゼッタは、通信機に細かな数字を馴れた手つきで入力していく。少年は宙空に光って浮かぶ小型モニターと、そこに並ぶ数字の羅列を、意味が分からないままぼんやりと眺めた。少年が理解しているのは、この辺の機材のほとんどが、ロゼッタの操作によって管理されているという程度である。

「BEEの調子が悪いんじゃないか?」
 少年はブツブツと途切れる音声が気になって、ロゼッタに尋ねてみた。
 少年の言うBEEとは、宇宙空間を経由した惑星ラグオルとの通信に使われる回線のひとつで、一般層やハンターズの間でも普及しているものである。
 BEEの特徴は、テキストによる通信に機能が特化している他、超長距離移民船で1年かかるラグオル・コーラルという長距離間の通信も可能という、その汎用性の高さが売りだ。
 その反面、BEEは音声や映像のやり取りには向かず、それ等を目的とした通信手段は、一般的には解放されていない。
 ロゼッタは弟の指摘に何か言いたそうに口を開いたが、その説明が面倒なのか一旦口を閉じ、
「こんな時だから、回線が混雑してるんでしょ」
と素っ気無く答えた。
 どうせ出来の悪い弟に何を説明したところで理解できる訳がない。
 いや、むしろ通信手段については隠すべき事柄である。
 一般的に解放されてないはずの音声通信が、何故今ここで可能なのか。その理由は、ラグオルにいる姉にあった。
 彼女は自分の社会的地位を利用して、本来使えないはずの回線を妹に教え、使わせたのだ。これが世間にばれたら、姉の立場は危ういものになる。
 よって、ロゼッタには姉と交わした守秘義務があったのだ。

 しかし、そんなことを少年が知る由もない。
 彼はロゼッタに素っ気無い態度を取られ、やはりこいつは苦手だと思った。
 喧嘩をしている訳ではない。が、気が付いたらふたりの間に会話は減り、顔を合わせば不機嫌そうな顔をされるようになった。
 昔はもう少し優しく接してくれたはずなのに、いつの頃からかふたりの関係は年月の経過と共に冷えていった。
 関係が冷えた理由は、少年に心当たりはない。ひとつ思い当たるとすれば、ラヴィアンがラグオルに旅立って以降、ロゼッタは弟に冷たくなったように思う。

「呼んでるわよ」
 ロゼッタの声に少年は顔を上げた。
 そこにはマイクを握り締め、笑顔で息子に手招きする父の姿があった。どうやらラヴィアンの相手をしろということらしい。
 少年はマイクを受け取ると、咳払いをひとつ。そして、緊張を悟られないようにいつも通りを装いつつ、まだ遠い地表の姉に話しかけた。
「あー……姉さん、久しぶり……?」
「え……? あなた……本当にフィオスなの?」
 相変わらずノイズのひどいスピーカーから、予想外の返答が返ってきた。
「あー……声変わりしたんだよ。おかしいか?」
 少し気恥ずかしそうに少年は答えた。
「ううん、素敵な声だよ。少し大人っぽくなったね」
「そりゃあ……8年ぶりだからな」
 大人っぽくなったと言われて、フィオスは内心喜んでいた。
 周囲は声変わりした時、気持ち悪いだの、昔の方が良かっただのと散々な言いようだった。しかも、彼等は声変わりの声に聞き慣れると、日々少しずつ変化していく少年の成長にさっぱり反応しなくなった。
 それをこの姉は、自分が一番欲しかった言葉で褒めてくれたのだ。
 大人っぽく──周囲にいつも子ども扱いや、半人前扱いされていた彼にとって、何かくすぐったい嬉しさがあった。

「そっか……フィオスももうそんな年なんだね」
「うん」
「あの時、フィオスは7歳だったっけ?」
「……うん」
 弟に語りかける落ち着いた声は、昔と同じ優しいままの姉の声だった。頻繁に顔を合わせる方の姉とは大違いである。
 しかし、そう油断したのも束の間。
「背は伸びた? もうお父さんぐらい?」
 姉の問いに、フィオスは父の姿をチラッと一瞥し、咳払いをした。
 ロゼッタの横で通信機器を覗き込む長身で筋肉質な男は、誰の目から見ても格好いい部類の男に映るだろう。
 一方、自分はといえば──
「まぁ……余り期待して欲しくないけど」
「そ……そっか……」
 スピーカーの向こうから気まずそうな吐息が漏れる。姉にとっては、声のことも予想外だったが、背のことも予想外だったのだろう。
「フィオスなら、私より小さいわよ」
 突如、ロゼッタが横槍を入れてきた。
「姉貴は女にしてはでかすぎだろ!」
「あんたは男にしては小さすぎでしょ?」
 睨み合う姉弟の間のスピーカーから、まぁまぁという声が聞こえてくる。フィオスとロゼッタの間が険悪な雰囲気になりそうな時、その仲裁に入るのはいつもラヴィアンだった。
 8年ぶりの声の再会は、8年前と変わらぬ様子で会話が弾んだ。
 
> 1.ラグオルの大爆発 > 1-2.姉弟の思い出
1-2.姉弟の思い出
 あの時──
 ラヴィアンがパイオニア1に乗り込んだ時──

 この日のルーワンド家は、祭りと通夜が同時に来たような慌しさの真っ只中にいた。
 特に父の喜びようが激しかった。

 パイオニア1──それは惑星ラグオルへの移民を可能にする為の先遣隊。
 パイオニア1と2は同型の船であったが、その目的はまるで違う。
 パイオニア2が大量移民を目的とした船ならば、パイオニア1は惑星ラグオルを人が住めるようテラフォーミングを行うのが目的て゜ある。
 彼等は未開の星の大地に住居を建て、生態系や地質、大気中の成分、気候等の数多の調査を行いつつ生活環境を整え、また居住区周辺に危険生物を寄せ付けない等、次に続く者達の為に安全の保証を確立せねばならなかった。
 よって、パイオニア1の乗務員に選ばれたのは、高名な学者や各研究分野の権威、歴戦の英雄、軍の上層部等のエリート達だった。
 パイオニア2の時のように、乗船券を抽選で得たり、金で買うのとは訳が違う。

 中でも、、まだあどけなさの残る少女『レッドリング=リコ』の大抜擢は話題を呼んだ。
 当時、リコはまだ10代の若さでありながら、その戦果は歴戦の勇士と同等かそれ以上と評価された。彼女が白髭公の名で知られるヒースクリフ=フロウウェンといった伝説級の英雄達と肩を並べる姿もまた人々の羨望の対象となった。
 彼女はまさに、衰退していく本星コーラルの民衆達にとって娘のような存在であり、アイドル的カリスマであり、希望の象徴であった。

 そんな名誉あるパイオニア1の乗務員に、ラヴィアンは機械工学の先端を担う一端として選出された。
 パイオニア計画はまさに人類の命運を賭けた巨大プロジェクトであり、本星コーラル全民衆の希望そのもの。そんな壮大なプロジェクトを担うエリートに、ラヴィアンは選ばれたのだ。
 そんな娘を、当時父はリコになぞって
「ラヴィは我が家のリコだ!」
と口癖のように誰かれ構わず自慢して回った。


 フィオスも幼心に、当時の熱気と興奮を覚えている。
 当時の彼はパイオニア計画に関する本や資料を読み漁り、パイオニア1の船体や乗務員の映像を眺めるのが日課だった。
 フィオスが記憶している限りでは、パイオニア計画の全容は凡そ以下の通りである。


  自分が生まれる8年前、長年の局地戦争により、本星コーラルの環境は人が住めない程に悪化。
  他の惑星への移住が急がれ「パイオニア計画」が提唱された。


  自分が生まれた年、無人惑星探査機により惑星ラグオルが発見された。


  そして7歳、惑星の探査を目的としたパイオニア1が、いよいよラグオルへ飛び立つ──


 新しい星。
 新しい船。
 名誉ある任務に就く姉の勇姿。
 フィオスの小さな胸は躍った。

 あの星に行けば、皆が幸せになれる。
 心の底からそう信じていた。


 しかし一方で、大好きな姉との別れは、幼い彼にとって辛いものだった。
 だからこそフィオスは、決して忘れられない何かを貰おうと、姉の部屋に向かった。
 7歳の少年が16歳の少女に頭を下げて頼んだのは、槍の使い方。
 ハンターズでもあるラヴィアンの得意武器を自分のものにすることで、遠く離れる姉を少しでも身近に感じられるようにと考えたのだ。
 ラヴィアンは弟の頼みを快く引き受けた。
 しかしその際、ラヴィアンは次のように尋ねてきた。
「フィオスは何で槍の使い方を知りたいの?」
 本当の理由を言うのが恥ずかしくて、フィオスは適当に答えた。
「強くなりたいから!」
 するとラヴィアンは少し困ったように笑って、こう答えた。
「うーん、それは二番目にいい答えだね」

 思いもよらない返事が返ってきて、フィオスはきょとんと姉の顔を見た。当然、その言葉の続きが気になる。
「一番は何?」
 するとラヴィアンはそれまで座っていた椅子から立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら、自室の奥へと向かった。
 足の踏み場もない荷物の山をかき回して取り出したのは、先に布が巻かれた長い棒。
「あげるよ。私が昔使ってたものなの」
 そう言うと、ラヴィアンは散らかした荷物の山を元の形に戻した。
 才能溢れる姉の唯一の欠点とも言えるこの奇行は、何度見ても理解し難い異様さがある。どう見ても最初の散らかった状態に散らかし直しているのだ。
 が、見慣れた光景に今はとやかく言うつもりはない。それより正解の答えである。
「ねぇ、一番って何?」
 ラヴィアンは椅子に座り直すと、弟の頭に勢い良く手を乗せ、またニヤニヤと笑った。
「答えは自分で見つけてね?」
「えー?教えてくれたっていいじゃんか!」
「だーめ。自分で考えて出した答えじゃないと、本当の意味が理解できないでしょ?」
 そう言うとラヴィアンはデスクに向き直り、モニターに向かってカタカタと何かの作業をし始めた。こうなると姉はなかなか現実の世界に帰って来ない性分である。
「気になるだろー!」
 姉が完全に自分の世界に行ってしまう前に、フィオスはラヴィアンの裾を引っ張った。
「稽古は今日の20時から。爺ちゃん家のガレージで待ってること」
「なあってば……」
「いいね?」
 そう言いながらモニターに向かう姉の横顔が、いつもより厳しい表情に見えた。
 ラグオル出発に向けてスケジュールが詰まっているとわかった上で、自分から頼んだことである。
「……わかった」
 こう答える以外なかった。

 フィオスは心の引っかかりを気にしつつも、諦めて姉の部屋から出ようとした。
 その時、背後からこれまた思いもよらない言葉が飛んできた。
「これは宿題」
「は?」
「ラグオルで再会する日までに、一番いい答えを見つけて、私に報告すること。いいね?」
「そんな無茶振りされても……」
 姉は机に噛り付いたまま、弟を諭した。
「師匠の言葉には従うこと。修行は既に始まっているぞ?」
「……はい」
 やっぱりこう答えるしかなかった。


 パイオニア1が出発するまでの数ヶ月、ラヴィアンは時間の許す限り弟の稽古をみた。
 正確には、ラヴィアンが乗船前の訓練を受けるのに必要な期間は数ヶ月。つまり、実質稽古をつけて貰えた時間はほとんどないに等しい。
 それでも7歳の少年にとって1日という時間は長く、日々腕を上げていく弟にラヴィアンは目を細めた。
 別れの前の大切な時間は、こんな具合に思い出を重ねることができた。

 出発の日、フィオスは家族と共にラヴィアンを見送った。
 大勢のクルー達と一同に敬礼し、言葉なく船に乗り込む後ろ姿を、フィオスは遠くから食い入るように眺め、見届けた。
 ラヴィアンが後程母に聞いた話では、見送った後に弟は大泣きをしてしばらくぐずっていたとのこと。
 しかし彼は、ラヴィアンの前で決して涙を見せなかった。
 それを知りラヴィアンは、弟はきっと強くなると思った。
 
> 1.ラグオルの大爆発 > 1-3.あってはならぬ光景
1-3.あってはならぬ光景
 あれから8年。
 再会の瞬間は目の前に迫っていた。

 移民船パイオニア2は、ラグオルの衛星軌道上に到達すると、本星時間で2日と数時間かけて惑星ラグオルの低軌道を回り、着陸に際しての軌道修正や大気圏突入時の角度の確認、着地点の座標の割り出しや現地の気象データー、決行時間等、各々の微調整に入った。
 その間、パイオニア2の住人達は眼下に広がる青い惑星を見て歓喜の声を上げ、一生に一度の天体ショーを愉しんだという。彼等はこの先、青い空を足元に見下ろすことは二度となく、煌く星を頭上に仰いで生きて行くことだろう。

 そして今まさに、パイオニア2は惑星ラグオルの大地に降り立とうと、ラグオル地表上のセントラルドームとの交信を開始した。
 ルーワンド一家がいる居住区から宇宙の様子は見えなかったが、誰かが無断で交信の様子を中継している映像を祖父がどこかから拾い、その様子が大気を介しないクリアな画質で、室内の巨大モニターに映し出された。
 映像の中では、パイオニア2の船体の一部から魔法陣のような光がゆっくりと円を描きながら現れ、その円が徐々に大きくなっていく様子が伺える。
「綺麗なものねぇ」
「いよいよだな……」
 背後から小声で、両親の暢気なやり取りが聞こえてくる。
 静まり返る部屋の空気が、いよいよという緊張感を高めていた。

「宿題、できた?」
 先ほどよりひどいノイズ混じりに、ラヴィアンの声が聞こえてきた。
 この8年間、フィオスは彼なりに考えて戦う理由の答えを出したが、それが一番かどうか自信がなかった。
 何しろラヴィアン・ルーワンドという人物は、人とは違う着眼点を持つ、世間一般的には変わり者に属する人種である。余り一般的な回答では、彼女の考える正解にはたどり着けないだろう。
「まぁ、うん……まぁ……」
 弟のハッキリしない答えに、ラヴィアンはくすくすと笑った。それは彼女の予想通りの返答でもあった。
「後でゆっくり答えを聞こうかな」
 ラヴィアンがいじわるそうに言う。それを聞いて、フィオスはありのままに答えるしかないと観念した。不正解であれば、今度こそ正解を聞きだすまでだ。

 やがて巨大モニターの映像は、魔法陣から一筋の光が放たれ、それがラグオル地表のセントラルドームのある地点に向けて照射される様子を映し出した。
 そしてそれに応えるように、惑星地表からも一筋の光が伸び上がってくるのが見える。
 地表から伸びる光と、移民船から伸びる光。2筋の光が交差する様は、言葉のない光だけの世界で契約を交わす厳かな儀式のようにも見える。

 皆その様子を固唾を呑んで眺めているのだろう。
 先ほどまで賑やかだった室内は静まり返り、スピーカーの向こうからはノイズ混じりの姉の息遣いが聞こえる。
 フィオスはその呼吸音に安堵を感じ、耳をすませて聞いていた。目を閉じればすぐ近くにラヴィアンがいるようで、それが何だか嬉しかった。

 しかし、呼吸音に混じって聞き取れない程の小さな呟きを、フィオスは聞いてしまった。
 それは今という瞬間には余りに唐突かつ場違いな言葉で、フィオスは聞き間違えたかと耳を疑った。
 雑音が酷くてよく聞き取れなかったが、恐らくラヴィアンは
「地震……?」
と呟いたように聞こえた。

 その直後だった。
 突然スピーカーから聞いたこともないような高音域の音が聞こえたかと思うと、立て続けに耳をつんざくような轟音が流れてきた。
 それは何かが破壊されたり崩落するような音というよりは、圧縮された大物量の何かが一気に噴出して、土砂のように辺り一面を覆い尽くすような轟音。
 フィオスはそこに人の声のような音を聞いた気がした。姉の声ではない。何か得体の知れないうねりが、姉の室内のマイクに覆い被さり、名状しがたい音の侵略が向こう側で起きているのが聞こえてきたのだ。
 フィオスは咄嗟に耳を塞いだ。全身の震えが止まらない。
 聞いていられない──とにかく聞いていられない……

「姉さん? 聞こえる? 姉さん!」
 ロゼッタの呼びかけに、フィオスは正気を取り戻した。
 ラヴィアンからの返事はない。
「どういうことなの? 突然音声が途切れて……」
 ロゼッタの呟きに、フィオスは違和感を感じた。あれは途切れるというより、雪崩のような轟音で遮断されたようなもの。ロゼッタはあの音を聞いていないのだろうか?
「おい、あれ……」
 父の震える低い声に、一同はモニターに目を移した。
 そこには、一番あってはならない光景が映し出されていた。

 惑星ラグオルの地表を、幾重にも重なり走る円状の衝撃波。
 その衝撃波の中心から一筋の青白い光が立ち上り、瞬く間に大気圏を突き抜けて宇宙空間まで伸びた。
 そして、その足元には巨大な光の塊が半円を描いて徐々に大きくなっていく様が見える。
 それは、移民船から視認できる程の、惑星表面を覆い尽くす規模の大爆発だった。
 巨大モニターにクリアな画質で映し出される爆発の光。大気のない宇宙にいるからこその無音の映像伝達が、その場にいた全員の絶望感を否応なしに煽る。
 その爆心地には、パイオニア1の人々が住むセントラルドーム──つまりは、現在ラヴィアンがいるはずの建造物があった。

 その場にいた全員が絶句していた。
 何か喋ろう、考えよう、行動しようと思うが、体が全く動かない。
 人類が対処するには余りにもキャパシティーィを超えている目の前の現実に、立ち尽くす以外できなかった。

 その時、フィオスの後ろで、何か小さな呻き声のようなものが聞こえた。
 振り返ると顔面蒼白の母が口に手を当て、徐々にその場に崩れ落ちるのが見える。そしてその口からは、喉の奥からやっと絞り出したような、音にならない掠れた悲鳴があがった。
 いつも笑顔を絶やさない母の、初めて聞く絶望の叫びだった。

 しかし、そんな母の悲鳴が、その場にいる全員の正気を取り戻すきっかけとなった。
 それまで静まり返った室内は突如怒号が飛び交い、父と祖父、ロゼッタが操作するけたたましいキー入力の騒音が室内に響き渡る。。
「どこでもいい! どこか回線が繋がらないのか!」
「できる限り情報を集めておけ! 金に糸目を付けてはならん!」
「姉さん! 聞こえる? 応答して姉さん!」
 通信機器や各自の所有する端末からは、誰のものかもわからない怒号や機械的な音声が、ノイズに混じって流れては途切れるを繰り返した。
 その様子を見てフィオスも何かをせねばと、自分の端末機を取り出し、思い付く限りの友人や知り合い、仲間との溜まり場のログを見漁った。

 ふと目をやると、床に崩れた母を気遣うように、祖母がその背に手を回していた。
 厳格な祖母は余り表情を見せる人物ではなく、何となく子供の頃から苦手意識があった。特に祖母と母との間に確執のようなものがあり、祖母はなかなか母に打ち解けようとしないでいた。
 そんな祖母が、不安の色を瞳に浮かばせながら、母の背をさすっている。今までであれば、決してあり得ない光景だった。
 フィオスは沈痛な面持ちで、ふたりのそんな姿を見ていた。何故こんな緊急時に、できればこうあって欲しいと夢見た光景を見ることができたのだろう。
 フィオスは端末を片手で操作しながら、母の背に回した祖母の手の上に、自分の左手を重ねた。そうせずにはいられなかった。
 そして、一心不乱に部屋中を駆け回る三人を横目で追いながら、ばつの悪さのようなものを感じていた。
 自分に専門的な知識があれば──
 全く使えない訳ではないが、機械の操作に関してはこの三人にとても適うものではない。

 しかし、自分は役立たずではないはずだ。
 自分に今できることは──ハンターズとしての働き以外にない。
 フィオスは何か意を決すると、重ねた掌に力を込めた。
 
> 2.深夜の依頼
2.深夜の依頼
 
> 2.深夜の依頼 > 2-1.初日:進展なし
2-1.初日:進展なし
 ラグオルの大爆発に関する総督府からの発表は、市民の期待を裏切るものだった。
 爆発の原因は、現在調査中。
 パイオニア1の人々の安否は、目下捜索中。
 惑星ラグオルの現在の状況は、一切不明。
 そして、市民の冷静な判断と対応の強力を繰り返す報道。
 情報統制が常であるこの世界において、その規制は予測の範囲内であったが、それでも余りにも情報が少なすぎる。

 何よりフィオスを落胆させたのは、総督府のハンターズに対する対応だった。
 フィオスはあの後、ハンターズギルドから緊急の召集を受けて、ハンターズエリアに戻った。
 そこでいざラグオルの調査に駆り出されるものと思えば、混乱するパイオニア2内の暴動を取り抑える任務にばかり回され、何の収穫もないままにその日を終えてしまった。
 ハンターズライセンスが施行されて僅か3ヶ月程度の新人に特別な任務などあろうはずもないが、それでもこの待遇に納得できなかった。
 自分がこんなことに時間を取られてる間にも、家族には命に関わる危険が迫っている。
 ラグオルの大爆発から既に16時間。時間がたてばたつ程、行方不明者の生存率が下がるのは言うまでもない。

 そして、総督府のトップ、コリン=タイレルの人物像が、目の当たりの現実と余りにかけ離れていて、フィオスの落胆に拍車をかけていた。
 タイレル総督はハンターズ出身で人望も厚く、またハンターズ時代の名声も高いことで知れ渡っている。また何といっても、レッドリング=リコの実の親というのがフィオスの中でポイントが高かった。何しろリコは、民衆のために自ら率先して危険に飛び込むような、まさに英雄と呼ぶにふさわしい勇者であったからだ。
 しかし、その父が民衆に向けて行ったことは、情報の隠蔽だった。

 パイオニア2のトップが、何も知らない訳がない。
 そして、パイオニア1程ではないにしろ、パイオニア2にも優秀な戦士や研究者達といった人材がいる。ハンターズエリアの転送装置を使えば、ラグオル地表に調査隊を送って調査をすることなどたやすくできるはずだ。今日1日かけて何も成果が得られないなど、ハンターズに属する者であれば、進展がない方がおかしいとわかる。
 それとも情報を隠蔽する必要が、あの星で起きているのだろうか?

『真実を知りたければ、自分の足で現場に行け』
 それがフィオスの父の口癖だった。自らの行動で得た情報に勝るものはないというのが父の持論だ。
 そして、父はハンターズの体質というものをよく理解していた。かつてハンターズに所属していた父は、今の社会の体制が身に染みているのだろう。だから父はハンターズを引退した──とフィオスは記憶している。
 しかし、そうとわかっていても、新人のフィオスにはラグオルに降りる手段はない。
 噂では、既に地表に降りたハンターズが何人もいると聞く。フィオスは完全に出遅れたのだ。
 彼は自分の不甲斐なさを、その怒りを、どこにぶつけていいのかわからず途方に暮れていた。


     ◆     ◆     ◆


 時刻は既に深夜2時。フィオスはハンターズの寄宿舎の自室のベッドに寝転がりながら、悶々と考え込んでいた。
 明日はどんな任務を命じられるのだろう。もしかしたら、また自分は無駄な時間を費やすことになってしまうのではないか……?
 はやる気持ちを抑えようと、フィオスはそれが癖であるように、何の気なしに自室の小型のコンピューターを起動させた。もしかすると、ラヴィアンからの連絡が来ているかもしれないという淡い期待を込めて。
 当然ながら、その淡い期待が叶えられることはなかったが。

 しかし、期待はなくとも、そこには希望があった。
 フィオスは慌ててベッドから飛び起きると、暗い部屋の中、端末の画面を食い入るように見た。
 それは突如降って沸いたような希望──
 ぼんやりと光るディスプレイの中に、ギルドからの依頼の通知が届いていたのだ。

 フィオスは駆け出しながら、腕に装着したアクセサリーに似た篭手状の端末を起動させた。
 すると少年の周囲にハンター用の装備が光と共に現れた。駆けながらその脚に、腕に、まだ小さな胸板に、愛用のプロテクターは最初から着てあったかのようにその身体にピッタリと装着される。

 フィオスの向かう先は、深夜のハンターズギルド。
 そこに、彼の未来を変えてくれる依頼者がいるはずだ。
 
> 2.深夜の依頼 > 2-2.破格の依頼と依頼主
2-2.破格の依頼と依頼主
 深夜にギルドを訪れるのは初めてのことだった。
 時間が時間だけに、当然、そこには人気などないだろうと思っていたが、ラグオル異変の直後だからだろうか、民間人と思しき人でごった返しになっていた。
 通常、このハンターズエリアに一般人が立ち入ることは禁じられている。が、彼等はどこからかルートを得て一般エリアからここへと進入して来たのだろう。ギルドの入口は、そんな一般人とそれに対応する、普段はカウンターですまし顔をしているお姉さん方の押し合いによって塞がれていた。

 フィオスがギルドの中へ入れずに困っていると、その脇からトントンと肩を叩かれた。振り向くと、そこには見知った顔がいた。
「親父……?」
 思いがけない人物と出くわし、フィオスは後ずさりしながら驚いた。そして、その瞬間に彼は依頼主の正体を悟った。
「来てくれないかと思ったよ」
 父は笑顔で息子に微笑んだ。しかし、その目には疲れの色が見て取れる。恐らく父は今日1日、情報集めにパイオニア2船内をくまなく歩き回ったのだろう。
 フィオスは改めて腕に装着した端末の画面を見た。その最後には、確かに自分の父──クオス・ルーワンドの名が記されている。
 そんな息子の様子を見て、父クオスは苦笑した。
「あー……読んでる途中で部屋を飛び出して来たか?」
 図星を差されて一瞬ムッとしたが、気を取り直して息子は父に尋ねた。
「依頼の内容を聞こうか」
「待て待て。まずはカウンターのお姉ちゃんの話を聞く。それがギルドのシステムだろ?」
 そう言うと、クオスは人垣を強引に掻き分けて、ギルドの施設の中に入って行った。息子も父の通った後をついて中に入った。

 ふたりはカウンターにいた女性に案内されると、ギルド内の奥にある椅子に座らされた。小型のテーブルを挟むように親子が向かい合って座り、その間に受付嬢が立つ。そして、女性は宙空に浮かぶ小型モニターを操作すると、そこに表示された依頼の内容を依頼者に確認させ、続けてハンターズの少年に説明を始めた。
 依頼内容は、ラグオルで行方不明になった依頼者の娘の捜索。
 捜索場所は、惑星ラグオルの侵入可能な地域全体。
 そして用意された多額の準備金と、成功報酬。
「多すぎる」
 確かにそれは、新人のハンターズが受け取るには桁違いの報酬であった。
「そうは言ってもなぁ。もうギルドに支払っちゃったもん。もう返金はできないよね?」
 クオスの問いに、受付嬢が頷いた。
「そういうシステムですから」
 フィオスは頭を抱えた。普段は小額でも金を出すことをケチる父が、どういう訳かこんな所で大盤振る舞いである。

 また、内心フィオスは父からの依頼を苦々しく思っていた。確かにこの依頼を受ければ、ラグオルに降りる口実も許可も得ることができる。
 しかしできることならば、彼は自分の実力を認められた上で、地表に降り立つ許可を得たかった。
 フィオスにとって父の助け舟は、肉親のコネで得る仕事も同然。まだ10代の少年にとってコネというものは、何か後ろめたいような、自分のプライドが傷つくような不快感を感じる対象だった。

「にしたって、多すぎだろ。いつもの吝嗇癖はどうした?」
 そんな息子の不遜な態度に、父は苦笑を浮かべた。
 自分にも身に覚えがある。若い頃は、何でも自分の力でのし上がり、名声を得ようと躍起になったものだ。
 ましてやこの子は、親の世話になることを良しとせず、ひとりで生きていく力をつけるのだと、家を出てハンターズになった。
 だからこそ、父は息子にこう答えた。
「金で買える命なら、俺はいくらでも出すぞ!」
 その言葉からフィオスは、この金は決して息子にくれてやるものではないと悟った。全てラヴィアン捜索の為の資金なのだ。
「なるほどね」
 そう答えるフィオスの口元に笑みが浮かぶ。

 親の金を使って仕事をすることに抵抗はあるが、今はそんなことを言っている状況ではない。時間の迫る中、一刻も早く姉を救い出すことができるのであれば、つまらない拘りなど捨てるべきだ。
 姉の命と自分のプライド──天秤にかけるまでもない。
 フィオスは目を瞑り、深く溜息をつくと、左腕のコンピューターを起動させ、準備金を受け取る手続きに入った。
 溜息ひとつは、いきがる餓鬼の最後のプライドを投げ捨てる時間。
 フィオスは条件をひとつ加えて、依頼を受ける旨を伝えた。成功報酬の8割を前払いで受け取り、捜索資金にあてがいたいと。

「できるの?」
 父が受付嬢に尋ねた。
「ギルドに支払われた報酬や準備金は、どんな理由があろうと変更することはできません」
「あらま」
 クオスが残念そうな声を上げる。
「──ですが」
 女性は言葉を続けた。
「仕事の進行度に合わせ、報酬を段階に分けて支払うことは可能です」
 それを聞いてクオスはニヤリと笑った。
「では、まずはラグオルの大地に無事に立つ。これに成功したら80万メセタだ」
 至上最も簡単で、最も高額な依頼がここに成立した。
「そんなんでいいのか?」
 流石に不安になり、フィオスが受付嬢に尋ねた。しかし、彼女は彼に背を向けてカウンターの方に歩き出し、一言
「そういうシステムですから」
と事務的な声で答えた。
 彼女はアンドロイドではない。その見てくれから、どこにでもいるヒューマンとわかる。しかし、彼女の受け答えは機械的で、フィオスはこの女性がちょっと苦手だと思った。

「あんた、話がわかるね」
 ところがクオスは親しげに受付嬢に話し掛ける。女性はギルドカウンターで依頼の成立や準備金の送金手続き等をしているのか、空中に映し出された半透明のモニターに向かい淡々とキーを打ち込んでいる。
「仕事ですから」
 相変わらず女性に笑顔はなかった。
 やがて女性のキーを打つ手が止まると、フィオスの端末に入金の通知が届いた。
 続けてフィオスの肩に、父の大きな手が乗る。
「フィオス、寝て起きたら、ラグオルの大地を踏んでこい。それがおまえの最初の仕事だ」
 フィオスはまだ腑に落ちない顔をしていたが、やることは既に決まっている。後は実行するのみである。
「絶対、見つけて帰るから」
 息子の力強い言葉に、父は無言で頷いた。

 依頼の話が一通り終わり、親子はそれぞれ帰宅することになった。
 その時、ギルドの出口へと向かうふたりの背に、あの事務的な女性の声が掛かった。
「依頼者様のご家族が皆、無事にご帰還されることを祈っております」
 それは受付嬢が口にするには感情の乗った言葉だった。
 女性は言葉少なだったが、無感情な人物ではなかった。混乱に陥ったパイオニア2に身を置く1人として、何か思う所があるのかもしれない。
「ありがとう」
 フィオスは笑みを浮かべて、女性に手を振った。
 受付嬢は親子に向かってお辞儀をし、無言のままふたりを見送った。
 
> 2.深夜の依頼 > 2-3.夜景に眠りつく
2-3.夜景に眠りつく
 ギルドの入口には、相変わらずどこからか入って来た一般市民が肉壁を作っていた。
 そんな彼等が口にするのは家族の名前。恐らくラグオルに彼等の家族がいるのだろう。多くはその捜索依頼を嘆願する言葉を口にしていた
 しかし、正規の手続きを踏まず、進入禁止の区域に無断で入ってきた彼等は、恐らく何らかの処罰を受けることになるだろう。それに時間を取られる分、捜索が遅れることなど配慮もなしに、ただひたすら必死の訴えと怒号を上げて、ここはこのまま夜が更けて行くのだろう。
 フィオスはそんな様子を横目で見ながら、今まさにこの施設内で行われた取引を少し後ろめたく思った。
 だが、手段を選んでいられない状況であることを彼は痛感していた。明日も何もできないまま時間が過ぎることなどあってはならない。

「じゃ、ここで」
 クオスは一般エリアに向かう道を歩きつつ、振り向き様に息子に別れの挨拶をした。
「親父はどうやってハンターズエリアに入れたんだ?」
 フィオスは内心引っ掛かっていた疑問を父に投げた。
 すると父は手元の端末からカードを取り出すと、それをピラピラと振って見せた。
「俺、元ハンターズだから」
 それを見て、フィオスがしかめっ面をする。
「そのライセンス、期限切れじゃないのか?」
「心は現役だぞ?」
 息子は肩をすくめた。この父も、ギルド前で肉壁を作っていた連中と、立場上は変わらないということだった。
 それでも一般エリアからハンターズエリアに入るには、厳重なチェックが入るはずである。いくら何でも期限の切れたIDでここに来れるとは思えない。
 その時、息子の脳裏に『袖の下』という言葉が過ぎった。命の為ならいくらでも払う──父は既にそれを実行していたのだろう。
「まぁ……公安に捕まらない程度に、気をつけて帰れよ」
 フィオスは皮肉を込めて、父の背中にそう告げた。
「おまえこそ、ラグオルで化物にとっ掴まらないように気をつけて来いよ!」
 父の言葉に、フィオスは思わず声を上げて笑った。
「化物なんかいる訳ないだろ。パイオニア1の報告では、人類に危害を加えるような生物はいないってあっただろ?」
 気のせいだろうか。
 その時一瞬、父が口ごもったように見えた。しかしすぐに
「ああ、そんなモノ、いる訳ないよな」
と笑いながらおどけて見せた。
「せいぜいエロい格好したお姉ちゃんに騙されて、パパから貰ったお金を巻き上げられんようにな?」
 そこには、いつもの父の笑顔があった。
「誰がそんなヘマするかよ」
 フィオスも笑って、手を振りながら父と別れた。


 深夜のシティをひとり歩く少年。時間が時間なのと、彼が今いるエリアが特殊な区域のせいか、清潔で無機質な建物に囲まれた通路に人の気配はない。
 ふと顔を上げると、ハンターズエリアの向こう側に派手な色をした街の明かりが見える。透明な巨大ドームの中に高層ビルが建ち並び、その合間を縫うように車やバイクの光の筋が走る。そしてその足元には、夜の街に繰り出す市民がごった返しになり、今日などはラグオル異変のこと等が噂になっているに違いない。
 この船の街は眠ることを知らない。母星の大都市がそうであったように。

 フィオスはそんな街の光を遠くに見ながら、ハンターズの居住区に繋がる転送装置の中に入って行った。
 装置の起動と共に、フィオスの体が光に包まれる。そして、装置から姿が消える刹那、彼の脳裏に父の沈黙が横切った。
 恐らく父は何かを知っている──
 今日1日をかけて、目の下にくまを作る程に情報をかき集める中で、恐らく父は他者には言えない何かを掴んだに違いない。
「それを知りたきゃ、ラグオルに行けってことか……」
 フィオスの手に汗が滲む。彼は実戦経験を持っていたが、その腕が至って未熟であることは十分に承知している。
 やがて、居住区側の転送装置にフィオスの姿が現れた。そのいでたちは、既にハンターの装備を解除し、寝巻き同然の普段着姿であった。
「ん? ああ、裸足か」
 フィオスは特に気にするでもなく、何の飾り気もない白と灰色の寄宿舎の廊下を歩きながら、自分の部屋へと足を進めた。

 明日から忙しくなる。
 恐らく彼を待ち受けるのは、今日までの経験とは比較にならない程の、激昂と慟哭の連続だろう。
 
> 3,ラグオル降下
3,ラグオル降下
 
> 3,ラグオル降下 > 3-1.原生の森
3-1.原生の森
 宇宙の彼方に自分の未来がある。
 一体誰がそんな馬鹿げたことを言い出したのだろう。
 母星コーラルの民衆は皆、その言葉を信じ、壮大な移民計画に熱狂していた。
 家族も、近所の顔見知りも、そして自分自身さえも。

 雨降る森の中、フィオスは後ろを気にしながら、息を切らして走っていた。
 彼は何かに追われていた。何か、得体の知れないものに追い掛けられていた。
 何故こうなってしまったのか──少年は自分の浅はかさを悔いていた。


     ◆     ◆     ◆


 パイオニア2は、ラグオル地表のある一点の座標を割り出した。
 それは、宇宙空間にあるパイオニア2とラグオル地表を転送装置で繋ぐ作業。その座標の割り出しは、パイオニア1が残した地図から転送先の候補を幾つか挙げ、その時の地表の状況や気象条件に合わせて、最も危険度の低いポイントが選ばれる。
 そして、軍が転送装置の出入りを厳重に管理する中、総督府が派遣した調査隊や軍の小隊、ハンターズ達はラグオルへと降り立つのだ。

 フィオスも軍からチェックを受け、地表に降りる許可を得た。
「ひとりか?」
 転送装置の前に陣取る軍人が小さなハンターに尋ねた。
 少年は頷く。今のラグオルはどんな状況にあるか全くわからず、危険な任務になることから彼は友人に頼ることを躊躇い、ひとりラグオルに降りる決意をした。
 フィオスは意を決すると、青く光る転送装置の中にゆっくりと入り、大きく息を吐きながら目を閉じた。
 体が大気に溶けて行くような感覚は、転送の時に味わう浮遊感。
 その時間はパイオニア2内を移動する転送装置より長く感じたが、少年に不安はなかった。
 そしてやがて訪れる体に戻る重力と、頬を撫でる外気の冷たさ。
 少年はゆっくり目を開けると、そこには言葉では言い表せないような景色が広がっていた。

「凄い……」
 少年は目に飛び込む鮮やかな緑に、思わず感嘆の吐息を漏らした。
 環境汚染が深刻な母星の大都市しか知らない少年にとってそれは、宇宙から星を見る程の規格外の感動があった。
 空が青い。
 透き通った水が森の中を流れている。
 そして空気は淀みなく、原生の森は無秩序に枝を伸ばして緑を謳歌している。
 絵でしか見たことがないような大自然がこの世に実在することをその身で体感し、少年の心は震えた。
 ここで皆と暮らす──ここはきっと人類の楽園になるに違いないと少年の胸は躍った。

 フィオスは転送装置から勢い良く飛び降りると、呆けた顔で周囲を散策し始めた。
 よく見ると森のあちこちに人口的な建造物やフェンスがあるのが見える。恐らく外敵から身を守る為に設置されたものだろう。
 フィオスがフェンスに近付くと、白い壁がゆっくりと動いて扉が開いた。ヒトが近付くと自動で開閉するらしい。その周囲に動力源のようなものが見当たらないことから、この扉はフォトンを利用して作られたものだとわかる。その証拠に、この扉は開閉の際に、フォトンに似た光源を発する。
 ラグオルで早速母星の技術を目にし、少年は高揚した。この星はコーラルの人々の手が加えられている。未開の星に人類の手が加えられていることに、少年は安心のようなものを感じていた。
 ここにヒトがいるという安心感──彼の姉とその仲間達の成した仕事に、フィオスは幼子のような眼差しで扉を開いたり閉じたりを繰り返した。
「これ、誰が作ったんだろう? 姉さんかな?」
 彼の姉の専門は機械工学であり、その仕事はテラフォーミングの為の機材の開発である。少年はそれを判っていたが、新しい星で初めて見るヒトの手が作り出したものに、ついつい姉の姿を重ねて見てしまう。

 しかしそんな感動も、数分も繰り返せば薄れてきた。
 フィオスは更なる感動を求めて、次の扉へと足を進めた。
 
> 3,ラグオル降下 > 3-2.初めての戦闘
3-2.初めての戦闘
 新たな扉の向こう側には、ある程度予想していた景色が広がっていた。
 木々が伐採された開けた空間に、見たこともない生物が1体佇んでいる。ヒトではない。恐らくこの星の原生生物だろう。ヒトの大きさをゆうに超える生物で、頬まで裂けた口から鋭い牙が並んで生えて見えるその様は、決して愛らしい動物とは言い難い。
 しかし、パイオニア1の報告では、この星の原生生物は温厚で、ヒトに襲い掛かる危険はないという。
 だが、フィオスは昨夜の父の言葉を思い出していた。
『ラグオルで化物にとっ掴まらないように──』
 父がどういう意図でそう言ったのかはわからない。が、その言葉を信じるならば、少年ハンターがすべきことは決まっている。

 フィオスはゆっくり息を吐くと、重心を落とし、戦闘の構えを取った。そして腕を軽く左右に広げると、それまで何もなかった掌に鮮やかな緑の光を纏った棒状の武器が現れた。これもフォトンの成せる技術である。
 フィオスは実体化した槍を強く握り締めると、身体を低く構え、謎の生物を睨み付けた。それは全身が毛で覆われ、太い両手の先には鋭く尖った爪。しかし何よりおっかないのはその顔。母星のどの生物とも共通点が見当たらない二本足で立つソレは、まさに宇宙の外で進化した生物の姿と言える。できるだけ誤解なく正確にその形容を表すならば、とにかくコイツは『気持ち悪い』部類に入る。

 しかし、勇ましく立ち構えるものの、正直な所フィオスはこの生物と対峙することに気が進まなかった。あんな気持ち悪いモノに立ち向かうこともさながら、本当に敵意があるかどうかわからないものに早々に刃を構えるこの状態が、何となく気恥ずかしく思えた。
 だが、襲われてからでは遅い。『アレ』がどんな速さで、どんな動きをして来るかわからない以上、万全の策は取っておくべきだ。フィオスはそう思い込もうとする自分に言い訳がましいものを感じつつ、迷いを払おうと頭を振った。

「……よし」
 呼吸をひとつ。少年ハンターの足がゆっくりと謎の生物に向かって歩み始めた。
 槍の柄を掴む掌が、これまで積み重ねた経験を脳裏に蘇らせる。戦闘の経験は少ないが、何度もVRによる訓練を繰り返している。そして、子供の頃から、手癖のように手に馴染ませてきた長物の、長所も短所もこの身体は覚えているはず。後は自分の力を信じるのみ──

 フィオスは気配を消しながら謎の生物の背後に近付くと、掛け声も上げずに斬り掛かった。
 右肩から袈裟斬りに緑の光が弧を描く。ハンターの槍先が鮮やかな軌跡を描くと同時、謎の生物の肩から背中にかけて肉が裂けるのが見えた。
 が、その傷は浅い。謎の生物は耳障りな奇声を上げながら、振り向き様に丸太のような腕を振り上げて来た。まともに食らえばひとたまりもないだろう。
 しかし、その動きは鈍い。小さなハンターはその動きをしっかり目で追いつつ、右に半歩ずれて難なくその爪を交わした。
 そして、すかさず生物の脇に槍を突き立てる……が、その手応えも薄い。
「硬いな……」
 初めて対峙する生物の皮膚の硬さに、ハンターの手に痺れが走る。ただ斬り付けるだけでは、この生物の肉を断つことは難しいようだ。

 フィオスは一旦距離を取り、この生物の動きを目で追った。
 この毛むくじゃらは明らかに少年ハンターのいる方へ真っ直ぐに、しかしゆっくりと近付いて来る。そして、ある程度近付くと、腕を上げてこちらに攻撃を仕掛けて来る。
 これがこいつの癖のようだ。至って単純な動きである。

 そうとわかれば、フィオスは敵の死角を狙って反時計回りに走った。そしてその隙を突くように、生物の左後方から脇腹目掛けて刃を突き立てた。が、やはり傷は浅い。
 そこへ、生物の右腕が振り向き様の遠心力を付けてハンターに斬り掛かって来た。正確には、それは斬るというより殴る動作だろうか。少年ハンターは謎の生物から裏拳を貰う形で、右肩に打撃を食らった。
「ぐぅ……!」
 思わず声が漏れる。が、装備したプロテクターが自動防御を発動させ、打撃の当たった辺りに盾の形をしたフォトンが現われた。そして空中に現れた緑の光は、幾重にも衝撃波を描きながらうっすらと消えて行った。
「あっぶ……」
 少年は防御システムに救われる形で、ひとまず難を逃れた。が、生物は後ろによろめいたハンターへ更に追撃の拳を上げて来る。しかし、少年ハンターの碧眼は敵の動きを良く捉えていた。彼は後ろによろめく勢いを利用して、後方へ一回転しながら爪を逃れた。
 そしてその時、少年にある考えが閃く。ただ斬り付けるだけで駄目なら、別の手段を試すまでだと。

 フィオスは槍を右手に持ち変えると、空いた左手を生物の方に向けて突き出した。それはまるで槍で攻撃することを諦め、拳で目の前に敵に立ち向かうようにも見える。
 が、彼の狙いは別にあった。
 その刹那、ハンターの左腕に装着された小型のコンピューターが赤く発光すると、その拳の先に炎のエフェクトが現われた。少年ハンターがニヤリと笑う。
「今から、おまえが見たことないものを見せてやるよ!」
 その言葉と共に、ハンターの拳から火の玉が弾け飛んだ。生物は真正面から火の玉を食らい、大きく後方へと仰け反った。
 見た限りでは、火の玉のダメージは余りないように見える。が、フィオスの狙いはそこではない。彼は放った炎の軌跡を追うように走り、自慢の槍を両手で構えた。
「ここだろ!」
 小さなハンターの身体が、生物に向けて高く飛んだ。そして今度こそハンターの槍は、仰け反った生物の胸に深々と突き刺さった。


 ──ハンターが今行使したのは、機械によって管理されたフォトン技術の代表格。古代文明時代に存在が確認され、いつしか潰えたと言われる『マジック』をフォトンと機械の複合技で蘇らせたと言われる、フォトン工学の最先端を行く技術。
 この戦闘術の優れている所は、アンドロイド以外の人種であり、該当するディスクを戦闘用の端末にセットしてあれば、誰でも行使できる点。フィオスもこれを使うことは余り得意でなかったが、ハンターズの研修時代の訓練で身に付けたものである。
 蛇足だが、この技術の行使の設定は個人の好みでカスタマイズが可能で、言語で発動させる者もいれば、思念で操作する者もいる。フィオスの場合、武器の出し入れも思念の操作に設定してあることから、後者の設定である。
 ただし、その発動に必要な共通の条件は『何かの先端』を媒体にせねばそれが発動しない点。フィオスが拳を前に突き出したのも、技術の行使の為の必須動作であった。
 そして彼は今まさに、原始的な生物に向けて、人類文明の集大成『テクニック』をぶつけてやったのだ──


 刃を深く突き立てられ、生物は悲痛な叫びを上げながら暴れた。決して聴き心地の良い声ではない。しかしフィオスはその声に怯むことなく、柄を掴む手に力を込め、躍動する肉を更に抉った。ヒトであればそこは急所である。
 地に倒れる生物に、少年は刃先に全体重をかけるように上から押さえ付けた。誰が見ても、少年が優勢の体勢だろう。

 しかし突如、フィオスは不安に襲われた。
 良く見ると少年の手が震えている。その額には汗が滲み、青い瞳が化物の目を真っ直ぐ睨んで離さない。手には生々しい筋肉の収縮が伝わり、その感触のおぞましさに、少年は思わず下唇を噛みしめた。

 絶命までの時間がわからない──
 何の前情報もなく、がむしゃらに対峙した謎の生物の、急所かどうかもわからぬ所に刃を突き立てた。もし、そこが急所でなかった場合、謎の生物に覆い被さる今の体勢は危険ではないだろうか──

 こんな恐怖は今まで経験したことがない。どんな戦闘も初めての時は緊張したものだが、今味わうソレはこれまでのものとは全く別種の、精神力を削ぎ取られるような焦燥感があった。
 少年は無知であることが恐ろしかった。この星のことも、この生物のことも、前例のない今の状況も何もかもがわからない。知識さえあれば対処できるはずなのに、経験があれば切り抜けられるはずなのに……それができない今の自分を、彼は歯がゆくてならなかった。

「くッ……そぉ!」
 フィオスが声を上げたのは、そのわだかまりを断ち切る為だろうか。それとも己を鼓舞する叫びだったのだろうか。
 ハンターは槍を一層深く突き立てると、すぐ様勢い良く刃を抜き、後ろに下がって距離を取った。そして、次に少年が見たものは、緑の草むらに生物の血が勢い良く流れ出す光景だった。
「赤い……」
 フィオスは呟いた。それは意味のない言葉だったが、その赤さに彼の中の正気が戻されつつあった。それは今必要のない感情だと彼は知っていたが、込み上げる吐き気と、してはならぬことをしたような罪悪感を抑えることができない。

 謎の生物は仰向けに倒れたまま、血溜まりの中でビクビクと痙攣していた。
 槍を持つ手が震える。
 臭い……おぞましい……早く帰りたい……
 折れそうな闘志を健気な強気で奮い立たせ、フィオスは槍を構えたまま生物の動向を見守った。奴が何かをして来たらすぐに対応できるよう、距離を取って無言で構え続けた。
 長い時間に感じた。


 やがてその場から、少年の呼吸以外の音が消えた。
 謎の生物は、血溜まりの中でピクリとも動かない。それまで生物の肩を上下していた動きも、いつの間にか停止している。そして、あの君の悪い獰猛そうな顔も、生気というものが消えていた。
 若いハンターは、謎の生物が絶命するまでを見届けた。

 フィオスは疲れたように頭を少し右に傾け、動かなくなったそれを無言で見下ろしていた。
 その胸中を過ぎるのは高揚か。それとも後悔か。
 それまで晴れた空のようだった少年の瞳には、生物の死を前にして暗い色を落としていた。
 少年の脳裏を過ぎるのは、パイオニア1の報告。もしその報告が真実であれば、彼は無害な生物を一方的な思い込みで殺害したことになる。謎の生物が襲い掛かってきたのも、斬られたからやり返された──そのようにも解釈できる。

 しかし彼が直面した現実は、上辺だけの倫理観で納得できるような命のやり取りではなかった。
 ああしなければ殺されていたのだ。やられるのはこちらだったのだ。
 フィオスは心の中で何度も繰り返した。
 少年は悪者になりたくなかった。若い決意の元に戦う戦士であれば、誰もが己の刃の正義を信じたいだろう。
 父の言葉に扇動された訳ではない。彼は自分で考え、判断し、この星の原生生物を殺した。その判断に迷いもなければ、間違いもない──ないはずなのだ。

 フィオスは深く溜息をつくと、森の奥へと続く白い扉を苦々しく睨んだ。
「進むしか……ないよな」
 もしまたあのような生物と遭遇したら、戦ってしまって良いものだろうか。
 草を踏む少年の足取りは重かった。
 
> 3,ラグオル降下 > 3-3.雨の中の逃走
3-3.雨の中の逃走
 雨の降る中、フィオスは後ろを気にしながら、薄暗い森の奥へと走っていた。
 その先に何があるか彼は知らない。しかし、こうして突き進まなければ、彼の命はここより手前で絶えていただろう。

 迷いが彼を窮地に立たせた。目の前に現れた謎の生物の集団を見て、少年は感じる必要のない罪悪感を感じてしまったのだ。
 当然、迷いはすぐに否定したが、その一瞬の迷いが彼の行動を遅らせ、逃げるという選択を強いられることになった。気が付くと、謎の生物の集団が彼の背後に迫っていた。
 彼は地図さえないまま、森の奥へと走って行くしかなかった。

 走りながら、フィオスは一瞬の迷いを後悔していた。
 エンカウントした時から戦闘を開始していれば、大勢の生物に追いかけられることはなかったはずだ。
 今なら戦える。今なら迷いを振り切って戦える。
 しかし、今そう気付いても、状況は既に間に合わない所まで悪化していた。フィオスがここで走るのをやめて戦闘を始めた所で、数の暴力に屈することはわかっている。今まで走ってきた分の体力も消耗している。
 そして、森の奥へ進めば進む程に謎の生物の数が増していた。少年ハンターは絶望的な状況の中にあった。


 フィオスは緑が深くなって行く森の奥を目指して走った。その先に何があるか、今日初めてこの森に降りた彼が知るはずもない。
 しかし、木々の間からチラチラと見える白い建築物に、少年は見覚えがあるように思った。
 そうだ、あれはパイオニア計画関係の本で何度も見たことがある。
 パイオニア1はラグオルに住居を構える為、セントラルドームを地表に建てる計画をしていたはずだ。
 フィオスはセントラルドームを目指して走ることにした。きっとそこまで行けば逃げ切れる。後は居住区に配置された警備兵が化物を一掃してくれるに違いない。

 その時、ふとフィオスは違和感を感じた。後ろを振り返ると、今まで追ってきたはずの化物の姿が見当たらない。
「まいた……のか?」
 息を切らしつつ、フィオスの足はゆっくりとその速度を落とした。注意深く辺りを見回すが、奇妙な生物らしい姿はとこにもない。
「そういや……あの化物、動き鈍かったよな……」
 フィオスはそう呟くと、木々に囲まれた一帯を選び、雨に濡れているのも構わずに地べたに座り込んだ。彼は体力に自信があったが、精神的な疲労が大きいのか、ぐったりとその場に項垂れていた。

「やばい……やばいぞ、ここ。化物だらけじゃないか……」
 フィオスはうなじに霧のような雨が当たるのを感じつつ、独り言を呟いた。
 父の言葉は正しかった。どういう経緯で父がそれを知ったかはわからないが、惑星ラグオルは夢の楽園などではなかった。
 そして、彼の中で先程のような余計な感傷などは既にない。この星の生物は間違いなく、こちらの存在を感知次第攻撃して来る。パイオニア1の報告とは真逆の反応を示して来たのだ。
 何かが頭の中で引っ掛かる。しかし、今は余計なことは考えずに、前へ進むか、帰還するかの、確実に生き残る方を選択せねばならない。


 フィオスは休憩もそこそこに、この危険区域から離脱するべく立ち上がった。そして、木々を分け入って更に奥を目指そうとした時、彼は自分がとんでもないミスを犯していたことに気付いた。
 彼の目前に並ぶ木々は複雑に枝や根が絡み合い、見るからにこれ以上の前進が難しい。雨に煙る蒼の深さに視界を奪われ、フィオスは判断を誤ってしまったのだ。こんな逃げ場が一方にしかない所で敵に出くわしたらどうなるのか、考えずともその答えは明らかだ。
 フィオスは来た道を走って戻った。もしあの化物達がまだこちらを追い掛けていて、この道に入ってしまったら……それは一貫の終わりだ。
 そして──その時はフィオスが思っていた以上の早さで訪れた。

 道を塞ぐように現れた謎の生物の集団。フィオスの後ろに道らしい道はない。
「──ッ!!」
 フィオスは声にならない激しい呼気を吐いた。咄嗟に身構え、掌に再び現れる緑の光。しかしその獲物は、今度は何体仕留められるだろうか。
 謎の生物がゆっくりと近付いてきた。右……左……まだ希望を失っていない碧眼が、ゆっくり近付く絶望を見据える。先に彼の元へ到達するのは……
「右ッ!」
 フィオスは一声上げて槍を薙いだ。集団に追い詰められる中、それでも一歩前に出て斬り裂く勇気を、この小さい戦士は持っていた。が、この数を相手にするには、彼は余りにも若く、そして未熟と言えた。

 次に、左から襲い掛かる爪を、少年ハンターは咄嗟に槍の柄で捉えた。しかし、今度は右から、地に伏した化物を踏み越えて現われた新手が、腕を上げて襲い掛かって来る。
 ハンターはその攻撃もすんでの所で交わした。そして、振り下ろされた腕の逆の脇に素早く位置取り、ハンターの左の肩甲を打撃に見立てて体当たりをかました。突如脇の下から突き上げられ、化物がよろめく。
 ハンターはその動きを目で追いつつ、腰を落として更にその懐に入り、敵の体を盾に見立てて、更に後ろに続く敵からの攻撃を交わした。

 ──そのはずだった。
 彼の狙いは化物の体を盾にしつつこの場を切り抜けることだったが、矮躯な少年にその判断は懸命ではなかった。ヒトの体躯をゆうに超える化物を押し返す力などこの少年が持ち合わせているはずもなく、いとも簡単にその下敷きになってしまった。
「ふっ……グ!?」
 小さな身体に凄まじい圧迫感が圧し掛かる。そして、地に倒れた時の衝撃で、少年は息をひとつ大きく吐き出した。まるで体内の空気が上からの圧力で全て抜けてしまったように。
 が、幸いなことに、プロテクターが自動防御を発動させて衝撃を抑え、ハンターの身体に損傷はなかった。
 しかし、上からの圧力が徐々に増していく。フィオスを押し潰す化物の上に、更に別の化物が覆い被さっているようだ。このまま重量が増え続ければ、彼のプロテクターは破壊され、このデカブツ達の下で少年が圧死するのは時間の問題だろう。
 フィオスは獣臭い重量の下で、空気を求めてもがいた。が、彼の肩は上下するものの、その体内に空気が入って来ない。上からの圧力もそうだが、彼の眼前には化物の雨に濡れた硬くて太い毛があり、その脇に少年の頭がはまる形で口が塞がれていた。

 フィオスは焦った。
 耳に入ってくるのは、化物の低い唸り声と、プロテクターの限界が近いことを示す警告音。
 まさかこんな所で、化物に押し潰されて死ぬ──?
 こんな馬鹿げた、こんなマヌケな死に方で?

 フィオスは既に息も絶え絶えという状態だった。
 化物の体臭と泥の臭いが混じる不快な淀みの中で、視界が徐々に霞んでいく……
 本当にこんな所で、自分は果ててしまうのだろうか? 行方不明の姉を見つけることもできず、ラグオルの異変を誰に伝えることもないままに、本当にこんな所で……?
 フィオスは自分が情けなくて、泣きたい気持ちで一杯だった。最初の迷いさえ振り切っていれば、こんなことにはならなかったはずなのに……



 その時だった。
 フィオスは自分の体に熱の熱さが伝わるのを感じた。プロテクターがある程度その熱を防いでくれているようだが、剥き出しになっている額辺りに相当な熱さを感じる。
 これは──テクニックによる炎の熱さだろうか?
「大丈夫か!?」
 その声と共に、今度は自分の上方で剣が振り回されるような音がした。そしてその音に混じって銃声と、炎が飛んで来る音が聞こえてくる。
 そんな音だけのやり取りがしばらく続いた後、ふっと上からの圧迫感が和らいだ。

 化物から開放されたフィオスの目にまず飛び込んできたのは、雨雲の低い灰色の空。そして、こちらを覗き込む3人の見知らぬ顔。
「少年! 生きてるか?」
「早く。回復を」
「今やってるよ! ほらっ! ほらっ!」
 3人が同時に喋り出した。誰が何を言ったか、意識が混濁していて、フィオスには区別がつかない。

 フィオスは大剣を背負った青年ハンターに体を抱き起こされると、近くの木に寄り掛かる形で座らされた。小さなハンターは顔面蒼白、息も絶え絶えで、とても言葉を交わせる状態ではない。
 そんな彼の傍らにはニューマンと思われる耳の長い青年が座り、回復テクニックを繰り返し掛けている。それにより、きしむような体中の痛みが徐々に和らいで行った。と同時、少年の顔にできた擦り傷が見る見る塞がって行く。
 先程まで困難だった呼吸も今は普通にできるようになった。蒼白だった顔も徐々に血の気を取り戻していた。


 フィオスは木に背を預けたまま、眼前のハンターズの様子をぼんやりと眺めていた。ようやくそれぐらいはできる余裕ができたようだ。

 まず目につくのは、オールバックに後ろ髪を大きく巻いた珍妙な髪型のニューマン男。彼は頭にゴーグル、左耳に厨二デザインのピアス、そして踵の高い靴を履き、胸元にひらめくスカーフが何とも鬱陶しいゴキゲンなコーディネイトである。ニューマンのフォース達は奇抜なデザインの服を着ていることが多いが、彼の場合、間違いなく趣味でやっていると思われる。

 そして、そこから少し離れた所に、銃を構えた女性型アンドロイドが立ち、周囲を警戒しているのが見えた。
 彼女は全身が銀色に覆われ──というよりは、剥き出しの鋼の色をそのまま誇示するようなボディカラーで、洗練された痩躯と相まって、刀剣のような鋼鉄の美しさをその身に漂わせていた。何とも不思議な雰囲気を持つアンドロイドである。

「大丈夫か? 腹減ってないか? 水飲むか?」
 大剣を背負ったハンターが、心配そうに話し掛けてきた。
 パッと見さほど強そうに歯見えないが、中肉中背のその身は筋肉で引き締まり、よく鍛えているのが防具の上からもわかる。年の頃は20代前半といった所だろうか。
 そして、穏やかな森の色をした逆立った短髪と、人の良さそうな灰色の瞳。そんな男から向けられる気さくな笑顔に、少年は本当に助かったのだとやっと安堵することができた。


 フィオスは男の質問にまだ言葉で返すことができないのか、ただ首を左右に振った。
「あ、こっちの方がいいかな?」
 男はそう言うと、自分の左腕の端末を起動させ、アイテムパックから小型のアンプルを取り出した。そして、容器の先を折ってそれを少年の口に運んでやった。フィオスは喉から胸の中へと落ちる甘さに咽そうになったが、何とか回復液を飲み込んだ。即効性のあるソレは体内に入ると、疲れ果てた体を癒し、少年は自分の身体に活力が戻るのを感じた。
 するとそこへ、男とは逆の方向から安っぽい水筒が差し出された。
「それ、甘ったるくて飲みにくいんだよな。これも飲んどけよ」
 そう言いながらニューマン男が笑う。見た目はアレだが、こいつも案外いい奴なのかもしれない。
「……うん」
 フィオスはやっとそう答え、水筒に口を付けた。意外なことに、疲れ果てた体に美味いのは、回復液ではなくただの水だった。
「助かって良かったな。おまえ、もう少しでペチャンコになる所だったぞ」
 ニューマン男が冗談ぽく笑った。その言葉にフィオスも笑って答える。
「……お陰様でペチャンコにならずに済みました。ありがとうございました」
 声に生気が戻ってきたのを聴き、傍に控える男ふたりが安堵の息を漏らした。

 と、そこに、電子的な高周波混じりの女の声が飛んできた。
「狩りができた。アナタのお陰」
 フィオスは複雑そうな顔をした。女の言っている意味がイマイチよくわからない。
 その表情を読み取ったのか、女レンジャーは付け加えた。
「エネミーを集めた。よって。一掃できた」
 一応礼を言われたようだが、嫌味を言われたようにしか聞こえない。フィオスは耳障りな電子音も気になって、余りいい印象をこの女に持てなかった。
「死に掛けてたんだぞ。そんな言い方はないだろ」
 ニューマン男がアンドロイドに食って掛かった。しかし彼女はそれが聞こえてないように、そっぽを向いてそれ以上何も言わなかった。
 ニューマン男は眉根を寄せる少年の表情に気付くと、話しづらそうに説明し出した。
「おまえが……まぁその……エネミーを集める形になってさ。それを俺達は追い掛けて討伐して回ってたんだよ。」
 そういえば、逃走中に敵の姿が見えなくなった時があったとフィオスは思い出した。あれは彼等によって、エネミーの何体かがあちらへ引き付けられていたのかもしれない。
 しかし、当時の状況はわかったが、やはり女レンジャーの発言は鼻に付くものがあった。いくらアンドロイドとはいえ、死に掛けてた相手に敵を集めてくれたと礼を言うのは余りに無神経すぎる。
 そこへ青年ハンターが苦笑いをしつつ、フィオスに説明を付け加えた。
「彼女のこと、気にしないでくれるか? アイツ、年季の入ったアンドロイドらしくてさ。感情表現が乏しいのはそのせいだと思う」
 年代もののアンドロイドならば仕方ない……とフィオスは一応思うことにした。が、彼女の発言のせいで、少年の中のアンドロイドのイメージは最悪なものになっていた。全てのアンドロイドが彼女のように振舞うとは思わないが、所詮心を持たない存在。彼等に周囲への配慮を求めてはいけないのだと学習した。

「皆さんは知り合いですか?」
 フィオスは3人に尋ねた。
「全員、今日森で出会ったばかりの初対面だよ」
 ニューマン男が答えた。
「……の割には、あのヒトのこと、詳しいんですね」
 フィオスは青年ハンターを見た。
 この人の良さそうな糸目の男は、無神経な発言をした女アンドロイドを擁護するようなことを言っていた。それは周囲に対する配慮と取れるが、悪く言えば八方美人的な対応とも取れる。そういう意味では、アンドロイドに食って掛かったニューマン男の方がフィオスは親近感が持てた。
「彼女自ら自分のことを話してきたんだよ。オマエも聞いただろ?」
 青年ハンターがニューマン男に相槌を求めた。
「その話、俺聞いてないっすよ!」
 ニューマン男が声を上げる。が、すぐに何か悟ったのか、呆れ顔でアンドロイドを一瞥すると、それ以上何も言わなかった。どうやらニューマン男と女アンドロイドの間には何か確執があるらしい。

「それよりさ」
 ニューマン男は気を取り直し、フィオスに話を切り出してきた。
「良かったら、俺らと来ない?」
 
> 3,ラグオル降下 > 3-4.鋼鉄のレイキャシール
3-4.鋼鉄のレイキャシール
 フィオスは3人と同行して、セントラルドームを目指すことにした。
 各々がセントラルドームを目指す理由は違うようだが、別段それを語るでもない。ようは、目的を達成することができればOKというパーティだ。
 だが、それでも気になるのは、この4人の間に会話が殆どない点。フィオスも元々そんなに喋る方ではないが、それにしてもこのパーティは静かすぎる。
 人当たりの良さそうな青年ハンターとニューマン男も、互いにある程度の会話を交わすようだが、その関係は親密とは言い難い。彼等が初対面同士なのは、その様子からも伺える、

 が、会話が極端に少ないのは、彼等が初対面同士ということに限った話ではなさそうだ。その原因は、アンドロイドの彼女……シーダ=ロンにあった。
 彼女は戦闘が始まると、あからさまに青年ハンターの援護に回り、後のふたりは放置という態度を取って来た。
 シーダがそんな態度を取るのは、この4人の中で一番腕が立つのが青年ハンターだからだろう。シーダは通常時も青年ハンターの隣を陣取り、そこから全く離れようとしない。
 フィオスは先程の、ニューマン男の悟ったような表情の理由を理解してしまった。

 よって、そこからあぶれたフィオスとニューマン男は、自然とふたりで組む形で戦闘を行うことになった。
「フィオス、だっけ? ちょっと指出してくんない?」
 ニューマン男はパーティの歩幅に合わせながら歩きつつ、自分の左腕に装着された端末を起動させた。そして、そこから発光される緑の光に触れるようフィオスに促した。フィオスは青年がこれから何をしようとしているのかを理解し、右手だけプロテクターを外して素肌で端末に触れた。
「さっきは熱かっただろ? ごめんな」
 ニューマン男の謝罪に、フィオスは首を左右に振った。
「とんでもないです。あなたのテクニックのお陰で、自分は救われました」
 しかし今の手続きで、この青年がテクニックを放った範囲にフィオスがいた場合、自動でフィオスの周囲に防御壁が生成されることになる。ひとまずフィオスは味方に焼き殺される心配がなくなったということだ。

「それにしても、驚いただろ?」
 青年が苦笑いをしつつ、前方を歩く二組を顎で差した。
「あー……まぁ……」
 フィオスも苦笑いを浮かべつつ、キビキビと歩く女レンジャーの後ろ姿を見た。
「あのふたり、恋人同士とか?」
 フィオスの問いに、青年が肩をすくめる。
「さぁね。俺が出会うより前に、あのふたりはとうに組んでたからな」
「でも、初対面って……」
「男と女が出会ってすぐに何か通じ合うなんて、よくある話なんじゃないの? ま、俺には関係ない話だけどな」
 そのふてくされた言い方から、青年は女レンジャーに相手にされてないのが面白くないことが伺える。
 かく言うフィオスも、彼と似たような心境だった。が、フィオスは別段今の状況を悔しいと思わなかった。
「アレ、女と認識していいモノじゃないだろ」
 少年は女レンジャーにハンターとしての腕前を評価されてないことに苛立ちを感じていた。まぁ明らかに、自分が青年ハンターより腕が劣るのは自覚しているが。
 しかし、どうせ一期一会の出会い。ただの他人の評価など、自分にとっては無価値も同然。こんなこと、別に気にすることではない。ないのだ。

 しかし、そんな少年の様子を見て、ニューマン男がニヤリと笑った。
「ソッチがおたくの本性?」
「え?」
 フィオスは一瞬、言葉の意味がわからないという顔をした。が、すぐに気付く。
「ああ……年上には礼節のある対応をしろって家族にうるさく言われててな」
 フィオスの答えにニューマン男が声を上げて笑った。
「もしかしておまえ、良いトコの坊ちゃんとか?」
 その問いにフィオスは冗談じゃないと首を振った。
「その方が、俺の生き方はもっと楽だったろな」
「ていうか、おまえ、ボロ簡単に出すぎ」
 ニューマン男の笑い声につられて、フィオスも苦笑いを浮かべた。
「他の奴にはばれないようにするって」

 その時、前方から無機質な声が飛んできた。
「警戒を解くな。感心しない」
 鋼のボディ丸出しの顔で睨まれて、ニューマン男はやれやれという顔をした。
「確かにアレは女じゃない」
 ニューマン男はフィオスにだけ聞こえるように囁くと、今度は嬉しげに少年に向かって右手を差し伸べてきた。
「まだ名乗ってなかったな。俺、ジョーっていうの」
「あ、俺は……」
「さっき聞いたよ」
 そして半ば強引に、フィオスの右手を取り握手をしてきた。どうやらおかしな女のせいで、奇妙な親近感がジョーの中に芽生えたらしい。
「ほれ、今度はこっち!」
 ジョーが右手を高く上げて構えた。どうやらここにハイタッチしろということらしい。フィオスは少し面倒臭そうに、しかし笑顔を浮かべながら、勢い良くその右手をはたいてやった。
 誰かの悪口をきっかけに意気投合することはよくあることだが、フィオスはそれを良しとしない性格である。が、現在この女に関する事象については、そんなルールは除外しても良いだろう。


 静かだったパーティに、談笑が聞こえてくるようになった。
 その声の中心にいるのはほとんどジョーで、その都度彼は気難しいアンドロイドに注意をされた。しかしジョーはそれを言葉で返答するのみで、全く言うことをきく気配がない。どうやら彼は元々お喋りな性格で、きっと誰かとこうして話をしていたかったのだろう。
 その後方ふたりの会話に、前方を歩く青年ハンター・マークも時々口を挟むようになってきた。彼は隣に陣取るモノに配慮して言葉を控えていたようだが、彼も元々話好きな類の人種らしい。他愛無い天気の話や、目に入る景色の感想を述べつつ、パーティの雰囲気は徐々に明るくなって行った。
 勿論、シーダはその中に入ってくることはなかった。彼女は既にそれぞれを咎める気配もなく、ただそこにいるだけの存在になっていた。しかし、彼女はそれを気にするでもなく、今の状況を現象の1つとして受け入れているようだった。

 こうして4人は、基本2人2組ずつで原生生物を排除しつつ、森の奥へと向かって行った。
 
> 3,ラグオル降下 > 3-5.錆色の沈黙
3-5.錆色の沈黙
 森の中に突然奇妙なものが現れた。
 生物ではない。建造物である。それは木々の切れ間から頭を突き出して現われ、遠目からでも結構な存在感があるものだとわかった。
 4人が近付くと、それは錆色をした円柱のモニュメントだった。モニュメントはこれまで森の中で見た他の建造物とは雰囲気が異なり、まるでヒトが来るのを待っていたかのように、不思議な空気を纏いながら、雨に濡れて静かに佇んでいた。

「これもパイオニア1が作ったものか?」
 マークはモニュメントの周りを歩きつつ、珍しげにジロジロと眺めていた。
「だと思います。ラグオルには知的生命体の文明の痕跡はないって、パイオニア1の報告にありましたから」
 一番の年少者が答える。
 彼は自分の姉の派遣先として、幼い頃からラグオルの資料をよく見ていた。その中にはラグオルを発見した無人探査機による地表の写真が掲載された本もあったが、彼が記憶している限りでは、当時のラグオルにこのようなモニュメントはなかった。そして、パイオニア計画の各建築物の予想完成図にも、このモニュメントの映像はなかったと記憶している。予定外のものがここに建てられたということだろうか。
「これ、遠くから見てもそこにあるってわかるでしょう? セントラルドームが近くにあることから、何かの目印に建てられたものかもしれませんよ」
 フィオスは自分なりの見解を口にしてみた。無論、その根拠なんてものはなく、思い付きという名の憶測でしかないが。
「やっぱりそうなのかなー」
 マークがモニュメントの周りを覗き込みながら相槌を打った。同意のような反応が返ってきて、若いハンターは少しほっとしていた。
 が、フィオスは内心、自分の仮説に違和感を感じていた。何と言い表して良いかわからないが、このモニュメントは今まで見たものと何かが違う。それが醸し出す異質な雰囲気に、彼は自分の常識を当てはめて安心したくて、このように言ってみたのかもしれない。

「コレ、多分古いものだよね」
 その時、ニューマン男が独り言のように呟いた。フィオスは自分の仮説を否定されるようなことを言われて、少しムッとしてジョーを見た。
「何でそう思う?」
 その問いに、ジョーは笑顔を浮かべて答える。
「ん? だって、ほら」
 ジョーはそう言いながら、錆色のモニュメントの表面に触れた。

 その時である。
 モニュメントが突如低い音を立てたかと思うと、その場に留まったまま静かに振動し始めた。
「うおっ!?」
 その場にいた全員が驚いてモニュメントから一歩退き、異様な動きを示したそれを遠巻きに見た。
「い、今何をした!?」
「何もしてないっすよ! ただ触っただけで……」
 マークの問いにジョーが答える。ジョーは他の3人より更に一歩退いた距離からそれを見ていた。

 が、やがて振動する以外の変化がないとわかると、ジョーはようやく胸を撫で下ろした。
「ま……まぁとにかく、これ、表面が他の建造物より明らかに古いんすよ。ほら、長年雨風に晒されてたみたいな感じがするっしょ?」
 そう言われて、フィオスは振動し続けるモニュメントの表面に手を掛けてみた。手に伝わる振動は想像以上の力で振動しているが、ヒトに害を及ぼす程のものではないように思える。
 次にその錆色の表面を食い入るように見てみた。が、何の専門知識もない少年が見た所で、その材質などわかるはずもない。ただ、ジョーの言うように、長年雨ざらしにされて変色した碑石のようにも見える。
「長年って、どれぐらい?」
 フィオスの問いにジョーが答える。
「さー? でも多分スゴク前?」
「スゴク前って……大雑把すぎだろ」

「──恐らく」
 ジョーとフィオスの間に、それまで無言だったシーダが言葉を挟んで来た。
「8年。それより前」
「わかるのか?」
 モニュメントに触りつつ何かを調べている様子のアンドロイドの傍にジョーが駆け寄ってきた。そして、その背後に立ち、彼女の見ている部分を期待の目で覗き込んできた。
「何か分析できたの? 勿体ぶらずに教えてよ」
 シーダは後ろの男を見た。が、その対象に興味が持てなかったのか、特に何の反応を示すこともなく、首がゆっくりと元の位置まで回って戻った。
「分析能力はない。けれど。見てわかる」
 そう言うとシーダは、モニュメントの表面を観察するように、鋼色の眼で所々を見回し始めた。そしてその都度、彼女の眼はアナクロリズムな低い音を立てた。それは何世紀も昔のアンドロイドのような眼の動きに似ているとフィオスは思った。
「材質で分別可能。これだけ他と違う」
 彼女の言う他とは、この森で見かけたフェンス等といった建造物を指すのだろう。
 しかし、それを聞いて、ジョーが腰に手を当ててつまらなそうに言った。
「それ、さっき俺が言ったことと同じでしょ! どのぐらい昔のモノかって聞いてんの」
「着眼点が違う。材質の違いを指摘した」
 そして、更にこう続けた。
「年代は不明。考古学者が必要」

 その途端、ジョーは肩を落とし、半笑いでシーダに答えた。
「考古学者? そんな都合のいい奴がここにいるかっての。 ったく、思わせぶりなこと言いやがって……」
 そうブツブツ言いながら、ジョーはモニュメントの傍から離れた。
 そんなふたりのやり取りを見ていたマークが笑いながら話し掛けてきた。
「考古学者っていったら、リコを思い出すな」
 マークの言う通り、レッドリング=リコは考古学者であり、また科学者としても高名な人物である。そんな才能の塊のようなリコに憧れを抱く者は、ハンターズにも多い。かくいうジョーもその1人だ。
「リコがここにいたら、それこそ都合の良すぎる話っすよ。彼女ならここにある謎全部、パッパッと解くに決まってる」
 ジョーはありもしない夢物語を、あざけ笑うように語った。
 リコ程の英雄が、名もない自分達と同行すること自体ありえない奇跡だとジョーは思っていた。彼にとってリコは高嶺の花であり、心酔すべき対象であり、自分などがその隣にたやすく立ってはならない女神なのだ。もし、リコが自分達の前に現れて「ジョー君」等と優しく話し掛けでもすれば、彼はたちまち腰砕けになって、夢の中で小一時間彼女と将来について語り合える自信がある。それぐらい、彼はファンとして駄目な類の人種であった。

「本当に……ここにリコがいたなら……」
 突如ジョーは表情を曇らせ、誰にも聞こえぬよう呟いた。
 もしリコが今のラグオルの現状を見たなら、例えたった独りでも、すぐその調査に向かうに違いない。そして、後続の者達へ何かしらのメッセージを残すだろう。ただ強いだけではなく、知性に溢れ、他人への配慮を欠かさない、彼女はそんな英雄だ。
 だが、この森にリコの動いた形跡はどこにもなかった。このモニュメントの周りも、土と木があるだけで何もない。そのことから、彼女はこの森を訪れていないとジョーは思った。
 そもそも、もしあの爆発にリコが巻き込まれていたなら……このラグオルに英雄は既にないということになる。それは全ての人類にとって憂うべき状況と言えよう。


 一方、フィオスはそんな3人のやり取りを離れた場所から眺めていた。しかし、その会話から自分が欲しかった言葉を得ることができず、肩を落としていた。
 フィオスにとってリコの話などはどうでも良かった。ただ、自分の心の中にある引っ掛かりを取り除くヒントが欲しかったのだ。
 フィオスはふてくされ顔でこちらに歩いてくるジョーを見た。このニューマンなら、自分が求める答えをくれるだろうか? そう、ニューマンなら……ヒューマンより知性が高いと言われる種族の彼ならば、自分が思いもしなかったことに何か気付いているかもしれない。
 フィオスはジョーの前に立ちはだかり、疑問をぶつけてみることにした。
「8年以上前って、おかしいだろ?」
「おん?」
「この森は8年前、パイオニア1の手によって開発が始まった。なのに、それ以前からアレがここにあるなんて、ありえない」
「じゃ、どっちかが嘘なんだろうね」
 ジョーはまるで世間話でもするように答えた。しかし、何かを含んでいるような紫色の瞳は、試すような目つきで少年をニヤニヤと見てきた。
「モニュメントが昔からここにあったっていう俺らの思い付きのような予測と、パイオニア1の報告、おまえはどっちを信じる?」

 フィオスは黙り込んだ。
 パイオニア1の報告──それは既に1度裏切られている。
 しかし、だからといって、この男の言うことを鵜呑みにしていいものか、それも迷う。

 そこへジョーが畳み掛けるように、声をひそめて続けた。
「それより、俺が気になるのはさ」
 ジョーが一歩前に出る。そして、フィオスの耳元にニューマン男の口が近付いた。
「何でここ、何もないんだろうね?」

 フィオスは一瞬、ジョーの言っている意味がわからなかった。こんな木々深い森の中である。何もある訳がない。
 が、すぐにその考え方自体がおかしいことに気付いた。
 この森に、何もない訳がない。
 ましてや、あの大爆発の後であれば──

 フィオスは急に気になって周囲を見回した。
 彼等が立つ一帯は、セントラルドームの見え方からその付近だとわかる。しかしこの周囲はおろか、この森のどこにも、木々が倒れたり、炎に包まれたような形跡が全くない。
 それこそありえない状況だった。宇宙から視認できる程の大爆発に、セントラルドームとその周辺は包まれたはずだ。にも関わらず、その被害と思われる痕跡がまるで見当たらなかった。

 それを理解した時、フィオスは言葉を発することができなかった。まるで、頭が本能的に考えることを停止したように、返す言葉が全く思い浮かばない。
 ジョーは少年の表情が変わるのを確認すると、呟くように低く囁いた。
「俺、怖いんだよね……今の無事な姿の森を見た時から、もうずっと俺の頭上に訳のわからないものが覆い被さってるようで……早く帰りたいよ」
 フィオスもジョーが今言った言葉と全く同じ感情を、ついさっきからやっと持ち始めた。
 この少年はラグオルの大地に降りた時、森の緑の鮮やかさに心が震える程の感動を覚えた。
 しかし、彼の碧眼は今、森の緑を恐怖の対象として捉えている。
 言われるまで気付かなかった、余りにも当たり前のように眼前に広がる現実は、人智の理解をとうの昔に超えていたのだ。そんな彼等に、目の前に聳え立つモニュメントがいつから建っていたものなのかなど、既に些細な問題でしかない。


 言葉を失う少年を横目に、ジョーが尋ねてきた。
「今のラグオル、どう思う?」
「どうって……」
 フィオスは言葉を詰まらせた。突然突きつけられた現実に、まだ心が追い付いてないのだろう。
「おまえには、難しい話だったかな……」
 ジョーが苦笑いを浮かべつつその場にしゃがみ、足元の土をその辺で拾った棒切れで穿り返した。
 それは特に意味のない行動だったが、森に入ってから自分が感じていた言いようのない不安を年下の少年に語ってしまったことに、少し後悔のようなものを感じていた。感情の共有という期待もあった。が、年端の行かない子供に語って聞かせるには、今のラグオルは受け止め難い現実が連続して起きている。
 しかも、これでもジョーはまだ全てを吐き出した訳ではなかった。この先の話を、今の少年は聞ける程の心の余裕を持っているだろうか。

 土をいじりながら、ジョーが更に聞いてきた。
「俺達はこの先、ラグオルで何をしたらいいんだろうね」
 フィオスは少し黙って、それから答えた。
「……わからない」
「……だよな」
 ジョーは再び地面に視線を落とした。
 彼はたかだか15のヒューマンだ。そんな彼が自分の陰鬱な思考と感情を、何かお気楽な言葉で解決してくれるはずがないと、このニューマンはとうにわかっていた。
 もし今ここにリコがいたら──彼女は最も適切な言葉で状況を説明し、自分の疑問や不安を、凛々しい笑顔で吹き飛ばしてくれるだろうか? 不安が大きい程に、ありもしない妄想がジョーの中で膨らむ。
 だからこそ、ジョーはラグオルに降りてからずっと、誰かと話をしてみたかった。その不安を打ち消す為に、現状の打開に繋がるきっかけを掴む為に。

 だが、フィオスの言葉には続きがあった。
「──だから、自分の足で歩いて、今のラグオルを見て回るしかない」

 ジョーは土いじりをやめて、フィオスを見上げた。
 少年の目には、何か強い意志のようなものを感じる。彼が何故そんな目をするのか、今のジョーにはわからない。
 しかし、少年の言葉には力があった。
 彼の言葉は、ジョーの中で複雑に絡まって解けない苛立ちや迷いを、『やっぱソレしかないよな!』という単純な一本線で解決してしまったのだ。


「決めた!」
 ジョーは突然大きな声を上げて立ち上がった。
「俺、おまえと行くわ!」
 が、それに対するフィオスの反応は薄い。
「……だから今、こうして同行してるんだろ?」
 ジョーが首を左右に振る。
「そうしゃない! そうじゃなくてさ!」

「後ろ。静かに」
 そこへ無機質な声が飛んできた。
 気が付くと、シーダとマークはモニュメントを囲みながら、不思議そうな顔でこちらを見ていた。どうやらこのふたりは、モニュメントについてまだ互いの見解を出し合っていたらしい。
「何の話?」
 マークが興味深そうに後ろのふたりに尋ねてきた。
「あ、俺達。友達になったんすよ!」
 そう答えたのはジョーだった。
「えっ!?」
 その驚き声に、マークが不思議そうにフィオスを見た。
「違うの?」
「あー……いや、まー……」
 説明が面倒臭い。フィオスはその場の流れで、とりあえずはいそうですと答えた。
 するとマークは糸目をさらに細め、満面の笑顔で更に面倒臭いことを言い出した。
「オレも友達になりたい! ふたりの連絡先、聞いてもいい?」
「勿論いいっすよ!」
 ジョーが快諾する。フィオスも流れに任せ、渋々自分の端末を取り出し、3人は互いの連絡先を交換し合った。
「終わった?」
 3人の後ろでシーダが聞いてくる。
「シーダはこいつらと連絡先交換しないの?」
 シーダはマークの問いに、何の感情もない声で答えた。
「必要を感じない」
 辺りの空気がいっぺんに冷める。マークは気まずそうに苦笑いした。
 恐らく彼女は、この腕の立つハンターとは既に連絡先を交換し合っているに違いない。
 フィオスはハンターとして、益々彼女のあからさまな態度を苦々しく思った。いつかあいつに認められて連絡先を交換させてやる! そう思いながら、フィオスは鋼色の憎々しい塊を睨み付けた。
 
> 3,ラグオル降下 > 3-6.鬱蒼と茂る疑念の中で
3-6.鬱蒼と茂る疑念の中で
 道中幾つかの戦闘をこなしつつ、4人はようやくセントラルドームの入口まで辿りついた。
 いや、辿り着いたはずだった。
 しかし、ドームの扉は固く閉ざされ、中に呼び掛けても返答の声はどこからも上がらない。
「どうなっているんだ?」
 いつも笑顔のマークが眉間に皺を寄せつつ、何のアクションも起こしてこないセントラルドームの扉を苦々しく睨んだ。
「……誰もいない」
 高周波混じりのアンドロイドの声も上がる。相変わらず何の抑揚もない声が、今の周囲の雰囲気と相まって不気味にさえ思える。
「そうだね、誰もいないね」
 ジョーはそう言いながら、今来た道を振り返り眺めていた。
「何か見えるのか?」
 ジョーの見ている先が気になり、フィオスがニューマン男の隣に並んだ。
「うんにゃ。何も」
 そしてジョーは、またあの潜めるような声でこう続けた。
「見張りすらいないなんてな」
 フィオスも神妙な面持ちで言葉を返す。
「それは、俺も気になっていた」
 森の中を獰猛な生物が徘徊している以上、ドームの周辺に警備兵なり見張りなり立てておくのが警備上の定石だろう。しかし、そんな痕跡すらここにはない。ドーム周辺のただならぬ空気を感じつつ、フィオスは不安の表情で辺りを見回していた。

 その時、ジョーは『あの考え』をフィオスに話してみようと思った。それは彼がまだ誰にも吐き出していない問題点。
 それを聞いて、この少年はどういう反応を示すかわからないが、きっと先程のような力強い言葉で、心のモヤモヤを晴らしてくれるかもしれないと期待した。

 ジョーは1歩フィオスに近付き、他の2人には聞こえないように話し掛けてきた。
「おまえ、この森に入って、パイオニア1の人を見たか?」
 フィオスが1歩退き、驚いた顔でジョーを見た。
「……いや、誰も」
 しかし、そう答えるフィオスの顔からは、動揺の色が伺える。そして、その表情からジョーの言葉の真意を察したのだとわかった。
 確かにジョーの言葉は、フィオスの中にくすぶっていた引っ掛かりを、また1つ解いた。だが、その内容はフィオスにとって歓迎できるものではない。嫌な予感が頭を過ぎる。

 一方、ジョーは少年の感情を探るような目で、瞬きを繰り返すのを見ていた。
 少年の動揺は想定の範囲内。むしろ、思った以上の勘の良さに、話が早くて楽だとこのニューマンは思っていた。
 もうここまで話したら、後は最後まで突き進むだけ。ジョーは口にするのが怖かった胸の内を、他人に話すことで楽になろうとしていた。

「ここ、居住区だよな? なのに、いくらエネミーが徘徊してるとは言え、ドームの周囲にすらパイオニア1の人はいない。どうしてだと思う?」
「それは……」
 フィオスが眉根を寄せる。
 その先は……聞きたくない──
 しかし、ジョーは持論を説くことを止めなかった。
「俺は思うんだよ。実は、最初からここにはヒトなんてものは……」
「やめろ!」
 フィオスが声を荒らげた。
 そして目を伏せ、ニューマン男から視線を逸らした。

 そんなフィオスの尋常ならざる様子に、ジョーの心に静かな後悔が走った。
 ジョーはあくまでも可能性を示唆したに過ぎない。が、この少年にとって、ジョーが講じた戯言は他人事ではなかったのだ。話した内容から、ジョーにはフィオスが動揺を見せた理由に薄々感付き始めていた。

 しぱらくの沈黙がふたりの間に流れた。
 そして、フィオスが低く呟く。
「……姉さんは……パイオニア1のクルーなんだ……」
 予想通りの答えだった。
「……うん」
 ジョーが返した言葉は一言。
 それ以上は何も言えなかった。


     ◆     ◆     ◆


 ジョーは視線を落とし、小雨に濡れる石畳をぼんやりと眺めた。
 自分の感情を吐き出したい為に、軽率な行動に出た後悔もある。が、それ以上にジョーが憂いているのは、少年の先に待つ運命が小さな体で背負うには余りに重過ぎるからだった。

 ジョーは隣で項垂れる少年を見た。雨に濡れた髪をかきあげもせずに、血の気が引いた顔で地面をただ見つめている。そして、時折頬のかみ合わせ辺りが動く様子から、フィオスは込み上げる感情を押し殺そうと歯を食いしばっているのだとわかった。
 恐らく、少年はセントラルドームの中にいる姉を救出する為、死に掛けながらもやっとの思いでここに辿り着いたに違いない。
 しかし扉は固く閉ざされ、今自分達にこの状況を打開する策はない。扉を壊して中に入ろうにも、恐らく厳重なセキュリティが張られ、物理攻撃やテクニック程度でここが開くはずはない。となると、ここはやはり調査隊に任せて扉の開放を待つのが最善に思える。

 だが、そう思うと同時、ジョーの中には別の疑問があった。
 総督府が派遣した調査隊は、自分達より先を進んでいるはずだ。その道中は当然、自分達が見舞われたような危険があっただろうが、軍の精鋭や総督府が派遣したハンターズの護衛がある。つまり、調査隊はとうの昔にセントラルドームに辿り着いているはずなのだ。
 しかし現実、ドームの扉は固く閉ざされたままだった。後に続く救助隊やハンターズ、私設軍等が行き来しやすいよう扉には真っ先に手をつけ、人命救助を行うことが、今最も優先されるべき事柄だと思われる。
 ましてや、調査隊にはパイオニア2のラボの研究者達が多く配属されたと聞く。フォトン工学や機械工学に特化した彼等が、パイオニア1の造った扉如き、開けないはずはない。
 なのに、ここは人の気配というものがまるでない。

 だが、これはあくまでもジョーの個人的な見解であって、実際は何かの対処が既に行われた可能性はある。ドーム内やその周辺にヒトの気配がないのも、総督府が派遣した救助隊によって、既にパイオニア1の人々が別の場所に避難された可能性が考えられる。
 しかし、その予測はジョーの中ですぐに否定された。それこそ一番あり得ない。
 その理由は、セントラルドームにいたと推測される人口が万単位であること。そんな大勢を、一体ラグオルのどこに避難させられると言うのか。それを、ラグオル宙域に到着したばかりのパイオニア2の総督府如きがどう誘導できるというのだろうか。
 また、もし仮にそれが実行されていたなら、既にパイオニア2船内に報道されているはずだ。だが現実は、今もハンターズには多く捜索依頼が押し寄せ、切れ間なくその後が立たないという。ジョーもひとりの老婆からの依頼を受け、セントラルドームにいるはずの息子の捜索の為、ラグオルへ降りたひとりだった。


 ジョーはセントラルドームの壁を見上げた。
 ここに先遣隊が来なかった訳がない。にも関わらず、彼等が早々にドームから退去した理由は『ここに救出すべき対象がいなかった』からではないだろうか?

 更には、もしそうだったとして、1度開けられた扉が再び閉じられた理由は──いや、これはあくまでもジョーの個人的な憶測だ。だが、開けたものを締めたということ。それは即ち、他人に見られてはならぬものがあったからではないだろうか。
 『隠蔽』──それが理由なら、扉が閉ざされた訳が簡単に説明できる。


 その言葉が頭を過ぎった瞬間、ジョーの思考は加速した。
 先遣隊が人々の目から何を隠したかったのか。
 そして、セントラルドームの中には何が存在していたのか。

 『パイオニア1の人々』

 やはりこれ以外にないのではないだろうか?


 避難の可能性は、とうに潰れている。
 ならば、かの人々はセントラルドームから消えてしまったと考えた方が話が早い。
 そして、もしそれがパイオニア2の人々に知られたら──隠蔽の理由はこれで説明が付く。

 無論、人々が消えた理由など、一介のニューマンが知る由もない。
 が、彼は大爆発の後の無傷の森をその目で見てきた。

 あるべきはずの爆発の痕跡が、なかった。
 あるべきはずの人々が、そこにいなかった。

 ジョーはこの2つをイコールで結び付けるだけのカードをまだ持っていなかったが、恐らくこれらは何かしらの共通点を持っているに違いない。


 ジョーはセントラルドームの壁の更に向こう……灰色に覆われる空を見た。
 昨日、このドームの上部から通信用の光が伸び、それを覆うような青白い光が宇宙まで伸びた。
 間違いなくここでそれは起きた。
 自分が今、その現場に立っていることが……そして、ここに何もないことが、ジョーには恐ろしかった。
 このラグオルは、星も森も人々もあの青白い光の塊に飲み込まれ──そして何かが始まったのだ。


     ◆     ◆     ◆


 考えれば考える程に、ジョーは頭がおかしくなりそうだった。この物事を悪い方へと考え込む思考を、彼は早く止めたかった。もっとお気楽に、もっと大きな視点で、自分のネガティブな妄想を誰かに否定して欲しかった。
 しかし、それは目の前の少年に求めてはならないことだった。恐らく少年は今、行方不明の姉のことで頭が一杯だろう。だが、自分が予測したラグオルの現状は、この少年には残酷過ぎる現実だ。
 もう話してはいけない。
 もう期待してはいけない。
 やはり自分の妄想は、自分の中で処理するしかなかったのだ。

 ジョーは何度も、少年にかける言葉を考えた。しかし、悪い言葉はいくらでも思い付くのに、コレだという労わりがまるで思い付かない。
 故に、ジョーがフィオスに返した言葉は一言。
 それ以上は何も言えなかった。


 しかし、フィオスはそんなジョーに、予想外の反応を返してきた。
 それはまさにニューマン男が求める、何ともお気楽で、何の根拠もない前向きさ──
「大丈夫だ! きっと何とかなる!」
 空を仰いだ明るい声が、前を見る強い瞳が、ネガの連鎖を繰り返した男の頭に何とも心地良く響いた。
「そ、そうだよ! きっと何とかなるって!」
 ジョーは明るい声につられてそう答えた。無論、何の根拠もない言葉ではあるが、今の少年に掛けるにはこれが一番適した言葉なのかもしれない。
 大丈夫。それでいい。きっとこれが大丈夫で、正解なのだ。

 続けてフィオスはドームの壁を見上げつつ、ジョーにこんなことを聞いてきた。
「セントラルドーム、今どうなってるんだろうな」
 その質問の答えは、ジョーの中では既に出ている。だが、彼はこう答えた。
「さー? わかんないなー」
 ジョーはわかっていた。フィオスは答えが欲しいんじゃない。喋らずにはいられない不安を隣の男に向けているだけなのだ。自分が不安を口にして、誰かとその感情を共有したかったように、ただ誰かに話してみたいだけなのだ。
 そして、こう付け加えた。
「──その内、調査隊がここを調べるんじゃないかな」
「やっぱ、それまで待つしかないよな」
 フィオスが大きく伸びをしつつ、世間話でもするように答えた。

 一方、ああ言ったものの、ジョーは内心穏やかではなかった。
 ……大丈夫だ。普通に会話できている。俺は普通の会話をちゃんとしている……
 少年を不安がらせるような話や予想を、自分はしていないはずだ。そのまま何事もなく会話を終わらせればいい……

 そんなことを考えていたら、フィオスがジョーを見てニヤリと笑った。
「ありがとな」
「おぅん?」
 突然の礼の意味がわからない。
「心配してくれたんだろ? おまえ、さっきから漏れそうなの我慢してるような顔してるぞ」
 そして、フィオスが声を上げて笑った。
「おまえ、服のセンスは最悪だけど、いい奴だよな!」
 多分ジョーは褒められているのだろう。フィオスはジョーの意図とは少しずれた解釈で、への字口をしている男に感謝の意を表してきた。
「まぁ……いっか」
 ジョーは首を振りつつ、大きく息をついた。それは安堵の溜息だったのか、吐き出せない胸のつっかえに一呼吸送る動作だったのか。
 ともあれ、ジョーはフィオスの笑顔に少し救われた気がした。
 
> 3,ラグオル降下 > 3-7.選ばれたハンターズ
3-7.選ばれたハンターズ
 ひとまず4人はドームの扉の前に集まり、これからどうするかを話し合うことにした。

 マークが扉の前に陣取って地べたに腰を下ろし、3人に話し掛ける。
「これからのことだが、前に進むか、船に帰還するか……と言っても、この先に道なんかないけどな」
「私は進む」
 シーダがライフルを構えながら、真っ先に答えた。
「進むったって……どこへだ?」
 マークが身を乗り出してシーダに尋ねた。既に道なき道を、彼女は一体どこへ行こうと言うのだろう。
 シーダは他の3人を一通り見回すと、すぐ様顔を逸らし、セントラルドームの脇道に広がる空間を見た。しかし、そこは既にマークがチェックした場所で、奇妙な建造物がある以外何もないことが既にわかっている。
「知らない?」
「うん?」
 シーダの一言に、マークが疑問の声を上げる。すると彼女はドームの扉に視線を移しつつ、淡々とした口調で問いに答えた。
「『ここ』だけとでも?」
 彼女の話し方は、何か肝心な部分が抜け落ちたまま言葉を発する。フィオスが特に気になったのは、主語が抜けることが多い点だった。
「誰が、ここだけなんだ?」
 フィオスは不快そうに腕を組みつつ、シーダに尋ねた。
「アナタ達が」
「……何を?」
 フィオスの声に苛立ちの色が濃くなる。彼は彼なりにできるだけ感情を抑えるように努めているが、苦手意識からか、どうにも語気が強くなってしまう。
 しかし、シーダは何も見てないような眼を再び脇道に向け、一言、こう言い放った。
「情報を」
 すると業を煮やしたのかマークが立ち上がり、シーダの前に歩み寄った。
「オレ達が知らない情報があると?」
 シーダは首を縦に1回、壊れかけの人形のように振った。
 そして彼女はドームの扉の前を過ぎ、脇道の方へと歩き出した。3人は互いに顔を見合わせながら、彼女の後について行った。


 4人はドームの脇道に入ると、少し開けた空間に出た。その中央には腰の高さ程の小さな建造物。恐らくは何らかの端末のようだが、その使用目的をこの3人が知る由もない。
 シーダはその端末の前に立つと、操作パネルの前に両手を翳した。すると彼女の手元が赤く光り、シーダの左腕の端末から何らかのディスクが現れた。シーダは実体化したそれを手に取ると、操作パネルの下部へ差し込み、アンドロイドならではのキー入力の早さで何かを打ち込んだ。
 すると、端末の脇にヴ……ン……と低い音を立てて、突如大きな赤い光が現れた。それは赤い光を帯びた転送装置──フィオスが初めて見るものだった。

「どういうことだ?」
 マークがシーダに問い掛ける。シーダは相変わらず少ない言葉で3人に状況を説明した。
「この下に。ドラゴンがいる」
「は……!?」
 3人は突然耳に飛び込んできた、予想もしなかった単語に一瞬凍り付いた。フィオスも一声上げたまま、思考が止まった。
「ドラゴン……? ドラゴンってあの……?」
 ジョーは伝説の中で語られる幻獣の姿を想像した。
「ええ」
「何で、ドラゴン……?」
 ジョーの質問の意味は『何故こんな所にドラゴンが?』ということだったが、予想通りシーダの回答はずれる。
「任務だから」
「誰からの!」
 ジョーの声が徐々に大きくなって行く。会話が通じないことに苛立っているのではない。得体の知れぬものがこの装置の向こう側にいるという、突如降って沸いた脅威に声を荒らげずにはいられないのだ。
 その問いに、鋼鉄のアンドロイドは、相変わらず表情の読み取れない顔を3人に向けながら答えた。
「総督府の」

 総督府──パイオニア2の最高権力を持つ機関。パイオニア2を1つの国と仮定するなら、その国の統治を行い、パイオニア2全体を管理する政治機関。
 そして、その長に収まるのは、コリン=タイレル。あのレッドリング=リコの実父でもある。
 つまり、シーダはタイレル総督から直接依頼を受け、ラグオルの地に降りたハンターズだった。しかもただのハンターズではなく、その腕を総督府に見込まれたエリートということだったのだ。

「つまり、アンタは総督府の依頼でドラゴン退治に来たと?」
 マークの問いにシーダは首を左右に振った。
「ドラゴンの。更に向こう」
 シーダの言葉の真意はこの3人には理解できない。しかし、そのドラゴンを倒すことで、ラグオルの異変の真相に近づけるということなのだろう。
 ならば、その先へ進みたいとフィオスは思った。

 フィオスは意を決すると、転送装置の中に入ろうとした。
 ところが、シーダは少年ハンターを装置の中に入れまいと、彼の前に立ちはだかった。
「どうしたよ。行くんじゃないのか?」
 フィオスの目が座っている。彼はこの女レンジャーの動向がいちいち癇に障った。
「ヒューマンは。戻らない」
 アンドロイドの言葉の意図はわからない。が、ヒューマンはこの4人の中で2人──フィオスとマーク。この場合、彼女の言うヒューマンとは、未熟な方のハンターを指すのだろう。そして、これまでの経緯から察するに、彼女は自分がドラゴンと戦うには力不足だと言いたいのだと、フィオスはそう解釈した。
「本当に戻らないか、試してみるか?」
 フィオスが女レンジャーを挑発した。どうでもいい女にここまで見下されて、少年はいい加減頭に来ていた。

「俺も行く」
 そう言いながら、ジョーが転送装置の中に入った。彼もこのアンドロイドの認識の中では未熟者の部類に属する1人だ。
 そしてもう1人が転送装置に乗る。
「皆で行けばいいじゃないか」
 マークは背中の大剣を片手に抱えながら、装置の光の一番奥に立った。そして装置の手前に立つ2人に笑顔で手招きをしてきた。

 女レンジャーは顔を俯けた。やはりそこから彼女の心情は読み取れないが、その動作を見るに、彼女は皆の意見に不服があるのだろう。
 フィオスは黙ってシーダの横を通り過ぎると、歩きながら槍を実体化させ、マークの隣に立った。
 シーダは何も言わずに、転送装置の中に入った。
 
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